| ハーリズ・バー | ||
| 第7章 ハーリズ・バーの遺産 | ||
| ハーリズ・バーと私の父がもたらした発明は、微妙に形を変えながら、数多くの影響を残した。それは薄くスライスした生肉や生魚を表す料理名となった「カルパッチョ」から、ピンク色のカクテル「ベリーニ」、そして言うまでもなく、店のトレードマークとなった淡い水色のティファニー風メニューに至るまでさまざまだ。 1950年、ヴェネツアに紅白の旗がひるがえった。ルネサンス期の画家ヴィットーレ・カルパッチョをまさに有名にした。赤と白のまばゆい色彩に敬意を表したものだった。 その秋、ハーリス・バーの常連のひとり、見とれてしまうほど美しいアマーリャ・ナーニ・モチュニーゴ伯爵夫人が、昼食を食べに来た。父のお気に入りの客だ。夫人は父に合図をしてテーブルに呼び寄せると、涙ながらに訴えた。 「お医者さまから、厳しい食事制限を続けなければと、警告されたところですの。これから何週間か調理した肉は一切口にできないのです。」 この厳しい条件を満たしながら、しかしできることならおいしい料理を考案して、彼女の窮地を救うことはできないのだろうか。なかなかの難題だと思いながら、父はにっこり微笑むと、彼女にペリーニをすすめた。「お任せください。15分、お待ち願います。」 そう言って、父は厨房に消えた。そしてぴったり15分後に現れた父の後ろに、料理を持った給仕長が続く。紙のように薄いフィレミニヨンを扇形に美しく飾り、その上にマヨネーズとマスタードを混ぜたホワイトソースが網の目状にかかっている。 「何という料理なの?」 たずねる夫人に、父は何世紀も前から存在する料理であるかのように答えた。 「ビーフ・カルパッチョでございます。」 本当は今、考えついたばかりだというのに。多くのヴェネツィア人と同じように父はドゥカーレ宮殿を訪れて、名声に違わぬカルパッチョの絵画の素晴らしさに感動していた。その赤と白の色彩にヒントを得て、ビーフのテングロインとホワイトソースを即座に組み合わせたのだ。 |
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| ハーリズ・バー アリーゴ・チプリアーニ著 (安西水丸訳) |
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| ハーリズバーの カルパッチョソースの材料 (1カップ分 6皿分) |
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