今週のひとりごと
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[vor126〜150]
Back Number
vol 151〜


じゃがいもの原産地は南米アンデス高原です。16世紀にヨーロッパに伝えられたじゃがいもは、当初、食用でなく観賞用として栽培されていました。エリザベス女王がじゃがいもの芽を食べてソラニン中毒にかかったことから、じゃがいもには毒があると広く信じられ、人々は口にしようとはしませんでした。
評判の悪かったじゃがいもを世に広めたのは、ドイツのフリードリッヒ大王です。当時、ドイツは30年戦争と大飢饉に襲われていました。栽培期間が短く冷害に強いじゃがいもに目をつけた大王は、強引に栽培させ普及につとめ、飢饉からドイツを救いました。マリ−・アントワネットの髪飾りとしてじゃがいもの花を着けさせたことも、フランスにじゃがいもを広めるための策略だったといいます。
日本へは1600年頃、ジャカルタを拠点にしていたオランダ人によって伝えられたのが始まりです。じゃがいもの名前はジャカルタから持ち込まれた当時、「ジャガタライモ」と呼ばれていたことに由来しています。
(参照)じゃがいもレシビ 1 2 3
サフランは、スペイン料理のパエリアに欠かすことの出来ない香辛料です。独特の香りを持ち、水に溶かすと鮮やかな黄色になり料理の色付けに使用されています。
サフランの雌しべを乾燥させたもので、花一輪からたった3本の雌しべしか採れません。1gのサフランを採集するのに150個以上の花を必要になるという贅沢なハーブです。収穫は1本1本手摘みのため、価格はとても高く、1gあたり1000円ほどだといいます。
紀元前からヨーロッパで香辛料や薬用植物として婦人病の通経剤・鎮痛剤として使われていました。また、古代ギリシアでは染料として貴重品扱いされ、サフランの黄色は王族だけが使う事を許されるというロイヤルカラーとして珍重されたようです。とても高価であったため、ヨーロッパではその偽造品が出回り、それを売った者が火あぶりの刑に処せられたという話も伝えられています。
現代では、安価な合成染料が開発されたため、染料としての価値は失ったようですが。

(参照)サフラン こちら こちら

ol183
2006/7/3
〜7/
イタリアではバジリコの名で親しまれているバジル。トマトやオリーブオイルとの相性は抜群で、イタリア料理に欠かせないハーブです。
バジルの名前は「王」を意味するギリシア語の「Basileus」に由来しています。王宮にふさわしいほど高貴な香りをもっているというところからきています。原産はインド、熱帯アジアで、紀元前4世紀、マケドニアのアレキサンダー大王がインドに侵攻した際に持ち帰り、ヨーロッパに広まったといわれています。
日本でバジルが有名になったのは最近のような気がしますが、意外にも古くからあり、江戸時代に中国から渡来したものです。食用でなく眼科の医療用として使われていたそうです。種を水に浸けるとゼリー状になり、目の中のゴミを取るのに使ったことから目箒(めぼうき)と呼ばれていました。東南アジアではこのゼリーにココナッツミルクなどを加えてデザートとして利用されています。
バジルには150種類以上あり、料理用に使われるのはスイートバジルです。強壮、精神安定、疲労回復、消化促進効果があります。
(参照)バジル こちら
vol183
2006/6/14
〜7/2
世界最古の香水と呼ばれる「ハンガリーウォーター」は、14世紀、修道尼マリアクレメンテによって作られたと言われています。
当時リウマチに悩んでいた70歳を過ぎていたハンガリー王妃エリザベートに献上され、入浴などに使用したところ痛みがとれ健康を取り戻したといわれています。さらに洗顔、化粧水として用いると肌の張りがよみがえり、ポーランド国王から求婚されたという伝説も残っています。このことから、ハンガリーウォーターは「若返りの水」とも呼ばれています。
当時アラビアで発明されたばかりのアルコールにローズマリーなどのハーブを加えたものです。伝わっているレシビはさまざまですが、作り方が簡単なので現在でも手作り化粧品として人気があります。
ローズマリーは健康や美容に効果があるだけでなく、料理にも古くから使われています。肉の臭みをとり、肉の鮮度を長持ちさせる効果もあるので肉料理によく使われています。その他シチューなどの煮込料理、ポテト料理、お菓子などにも利用されてます。
(参考)ローズマリー
 こちら
vol182
2006/5/31
〜6/13
マイセンと言えば、白磁にコバルト色で描かれた装飾模様がある「ブルーオニオン」が有名です。1739年、ヨハン・D・クレッチマーによってデザインされたもので、現在においても高い人気があります。
ブルーオニオンの模様は、中国で完成された染付け技法で、シノワズリ(中国趣味)として取り入れられたものです。日本の有田焼きにみられるように「芍薬」、「竹」などがお皿の中心に、左右非対称に描かれています。模様は、中国の染付け磁器に描かれた「石榴(ざくろ)」や「桃」「芍薬」「竹」をお手本としておりますが、「石榴」を「玉ねぎ」と勘違いしたため、この名前がつけられました。桃は富を、石榴は子孫繁栄、芍薬は不老不死、竹は名声を表しています
現在、多くの企業がマイセンの「ブルーオニオン」の模様を真似た商品を作っています。1888年頃からマイセンのマークである「青い双剣」を竹の幹の部分にいれて他の商品と区別しているそうです。

(参照)こちら
vol181
2006/5/10
〜5/30
現在使われている「割り箸」が誕生したのは江戸時代です。その当時まだ1本づつの箸を適当に2本揃えて使い、洗ったり削ったりして何度も繰り返して利用していました。塗り箸とは違い、汚れが染み込んだりするので不潔だと考える人が多かったようです。
外食産業が盛んになった江戸時代、そば屋や鰻屋では、吉野杉で酒樽を作る際に生じる余材を使った「割り箸」(使い捨てのお箸)が出されるようになりました。これが現在の割り箸のルーツです。この箸は、清潔好きな江戸庶民に大変喜ばれ、家庭以外の場所や不特定多数の人を対象とする場所で使用する箸として定着していきました。その当時は、他の箸と区別するため「引き裂き箸」と呼ばれていたそうです。
現在、日本国内の割り箸消費量は、年間250億膳。1人あたりの年間消費量はおよそ200膳以上。割り箸の種類は100種類を超えるそうです
vol180
2006/1/21
〜5/9
最近、ジビエ(gibier)を使った料理を提供する店が増えてきています。ジビエとは牛や豚などの家畜でなく、野山で狩りをして手に入れる野生の野鳥・獣の総称です。鴨、野うさぎ、鹿、雉、ハト、山ウズラなど。もともとジビエという言葉は、中世では「狩り」を意味し、フランス王や貴族が狩りを好んでいたため、ジビエ料理は高貴な料理として食されてきました。
日本ではまだ馴染みのない料理ですが、ヨーロッパではとてもポピュラー。
秋から冬にかけての狩猟解禁の時期にしか食べられないものです。冬に備えて栄養を蓄えたこの時期のものが最も美味しく、また、野生の鳥獣は余分な脂肪を蓄えていないためヘルシーフードとして人気もあります。
野性味のある濃厚なジビエ料理には、こくのある赤ワインを合わせるとよりいっそう美味しくなります。代表的なところでは、コート・ロティ、シャトー・ヌフ・デュ・パプ、サン・テミリオンなど。この冬1度、堪能されては?
vol179
2005/12/10
〜1/20
日本では年末の風物詩とも言えるベートーヴェンの「第九」(交響曲第九番ニ短調)が、全国各地で演奏されます。年末に「第九」が演奏されるのは日本特有のものです。
日本で最初の第九が演奏されたのは、1918年6月、徳島県板東町(現在の鳴門市)にあった板東捕虜収容所に収容されていたドイツ人兵士たちによって演奏されたのが最初です。そして定着のきっかけとなったは第二次世界大戦後、貧乏オーケストラ団員が年越しの資金を得るために、演奏会を開いたのがきっかけだと言われています。
音楽CDの標準規格が、直径12cmで録音時間74分というのは、指揮者として有名なカラヤンが「第九の演奏が全て収まる時間にして欲しい」という注文をつけたことによるものだそうです。カラヤンの第九は約66分、フルトベングラーの第九は74分前後なので、一番長い第九の時間合わせたように思われる。
(参照)東映のHP こちら
 四国電力のHP こちら
vol178
2005/10/9
〜12/09
ゴディバといえばベルギーの高級チョコレート。ゴディバのトレードマークには、馬に乗った裸の女性が描かれています。女性の名前はゴディバ伯爵夫人。なぜ、伯爵夫人が裸で馬に乗らなければならなかったのか?こんな逸話が伝えられています。
11世紀のイギリス、バーミンガム近くの町コベントリーの住民達は、領主レオフリック伯爵の課す重税にたいへん苦しんでいました。見かねた伯爵夫人は重税を廃止してくれるように夫に懇願したところ、「おまえが裸で街中を廻ることができたら望みを叶えよう」というものでした。とても悩んだ末、伯爵夫人は裸で白馬に乗り街中を廻ったのです。その事を事前に聞いて知っていた住民達は彼女の優しい心に感動し、家の窓をかたく閉ざし、決して伯爵夫人の姿を見ないようにしたそうです。ゴディバは、伯爵夫人の優しさと自己犠牲の精神をたたえ、社名にゴディバの名を用いたそうです。
(参考)トレードマーク こちら
vol177
2005/8/7
〜10/8
最近、ベーグルパンが話題になっています。ベーグルは油やバター、卵を使わないで作られたとてもヘルシーなパンです。普通のパンと違い、生地を一度熱湯に通してからオーブンで焼いてあるので、独特のモチモチっとした噛みごたえがあるのが特徴です。ベーグルは「ユダヤ人の伝統的な朝食パン」で、ドーナツのようなリング状の形ですが、もともと馬の「あぶみ」を型どったものです。
1683年、ウィーン。オーストリアのユダヤ人のパン職人が、ポーランド国王がトルコの侵略者から守ってくれた感謝の印として、乗馬好きの王のために馬の「あぶみ」を型どったパンを作ったのが最初だといわれています。彼らの母国語であるインデッシュ語で、あぶみを意味する「beugel」から名付けられました。
その後、ヨーロッパでのユダヤ人に対する迫害を逃れて、多くのユダヤ人とともにアメリカに渡ったようです。そして十数年前からニューヨ−クを中心にブームとなり、今では全米で大人気となっています。
vol176
2005/7/24
〜8/6
花火のルーツは、中国で発明され「狼煙(のろし)」として使われた「黒色火薬」が花火の祖先だと言われています。花火は軍事利用と共に発展したもので、その後シルクロードを通って、イタリアのフィレンツェで鑑賞用の花火が作られるようになりました。
日本に登場したのは江戸時代に入ってからで、1613年8月、徳川家康にイギリス国王の使者ジョン・セーリスが花火を見せたのが最初です。(1589年、伊達正宗が花火を鑑賞したという説もあるらしいが。)当時の花火は竹筒から火の粉が吹き出すというもので、花火の色は、赤橙色1色のみだったそうです。
その後明治のはじめ頃、マッチの原料として塩素酸カリウムが輸入され、これを日本の花火に応用し、現在のようなカラフルな色付花火がつくられるようになったそうです。
(参照)
NPO法人 すみだ学園ガーデン こちら
じゃらんのHP こちら     
City Do! のHP こちら
vol175
2005/4/29
〜5/
家庭料理の代表格である「肉じゃが」のルーツは、海軍料理だと言われています。
日露戦争の日本海海戦で、無敵のバルチック艦隊を破り、世界でその名を知られた東郷平八郎。彼がイギリスに留学した時に食べたビーフシチューの味が忘れられず、部下に命じて作らせたのが、肉じゃがの始まり。
当時、ワインやバターなどの材料が調達できなかったため、代わりに醤油、砂糖、胡麻油で味付けしたものです。出来上がったものは、ビーフシチューにはほど遠いものでしたが、肉じゃがは栄養バランスがよく、調理が簡単なことから、長い航海でビタミン不足に悩まされていた海軍兵士たちの艦内食として広まりました。 当時、ビタミン不足から脚気を患う兵士が多かったため、食事に野菜や肉を多く取り入れることで、兵士の健康改善がはかられたのです。
ちなみに、肉じゃがの最も古いレシピは、海上経理学校の「海軍厨業管理教科書」の中に、[甘煮」として記載されています。
(参照)凡海郷のHP こちら

vol174
2005/4/14
〜4/28
今が旬のアスパラは南ヨーロッパが原産地で、2000年以上前から栽培されていました。当初、食用というよりは利尿剤や鎮静剤などの薬用として用いられていたようです。日本へは江戸時代、出島のオランダ人が鑑賞用として伝えたのが始まりといわれています。食用になったのは明治になってからです。最初は加工用のホワイトアスパラガスの栽培が主流でしたが、現在では、栄養価のより高いグリーンアスパラが主流になっています。
アスパラにはグリーンアスパラとホワイトアスパラがありますが、これは品種が違うわけではなくて、栽培方法の違いによるものです。グリーンアスパラは若芽を日光にあてて育て、ホワイトアスパラは土を盛って日光にあてないように育てたものです。
ヨーロッパでは、アスパラといえばホワイトアスパラをさします。フランスでは春を告げる野菜、“春の宝石”、ベルギーでは“貴婦人”とも呼ばれ、アスパラ専用の食器や道具があるほどホワイトアスパラは特別な野菜だとか。
vol173
2005/3/4
4/13
韓国料理というと「辛い」というイメージが強いのですが、実は野菜をたくさん使った料理が多く、とてもヘルシーな料理です。
韓国料理は『陰陽五行説』に基づいた『五味五色』が基本といわれています。「辛味・苦味・甘味・酸味・塩味」の「五味」と「白・黄・青・赤・黒」の「五色」を大事にした料理です。
料理の中に五色の食材があるということは、素材がバラエティに富んでおり、栄養のバランスがよく、目でも楽しませてくれます。料理の仕上は五味のバランスを考えながら、唐辛子・ニンニク・ゴマ・ゴマ油・砂糖・味噌・醤油・ネギ・胡椒などのヤンニョムで味付けされます。ヤンニョムは調味料や香辛料、またそれらを混ぜ合わせたものの総称で、どれも薬効のあるものばかり。ヤンニョムには決まったレシビはなく、調合の仕方はそれぞれの家庭のオリジナルです。ヤンニョムは「オモニ(おかあさん)の味」なんです。
(参考)韓国料理 ブルコギ こちら
vol172
2005/1/30
3/3
韓流ブームに乗って韓国料理も人気が高まっています。冬ソナで、ヨン様演じるチュンサンが好きだった『トッポッキ』の紹介です。
トッポッキは直径1センチほどの細長い棒状の韓国餅トックと野菜などをコチジャン(唐辛子味噌)で甘辛く煮込んだもので、韓国屋台(ポジャンマッチャ)の定番料理です。韓国の人にとって、トッポッキはおやつ代わりで、下校途中や仕事帰りに小腹が空いた時によく食べられるようです。特に若い女性に人気。
韓国の餅(トック)は「もち米」でなく、「うるち米」からできたもので、日本のお餅のように伸びたり煮込んでもどろどろになりにくく、 もちもちとした食感に特徴があります。最近、大型スーパーでもトックを見かけるようになりました。鍋料理やスキヤキ、お汁粉などに入れても美味しいかと思います。
(参照)韓国総合情報サイト『コネスト』 こちら  韓国の雑煮『トックッ』 こちら
vol171
2005/1/11
1/29
最近、お洒落なキャンドルを扱う雑貨やさんが増えてきています。キャンドルには、インテリアとしての魅力の他にも、心と体を癒すさまざまな効果があることをご存知でしょうか?
キャンドルの炎のゆらぎは、そよ風や小川のせせらぎなどの自然現象と同じリズム1/f ゆらぎを持ち、人をリラックスさせる効果があるといわれています。人間の鼓動も同じリズムを刻むことから、生体に快感を与えるリズムとして知られています。また、あまり知られていませんが、キャンドルを灯すと滝の側や森林地帯と同じくらいのマイナスイオンが発生します。キャンドルが燃焼する際に発生する水からマイナスイオンが発生し、家にいながらにして森林浴気分が味わえるのです。 さらに、キャンドルの炎には空気中の臭気のモトを燃やす消臭作用があり、料理を作った後のキッチンやたばこの匂いを消したいときに役立ちます。
たった一つキャンドルを灯すだけで、いつもの食卓がロマンチックになったり、心も体もリフレッシュ、癒してくれるのです。皆さんも日常生活の中に取り入れてみませんか。
vol170
2004/12/5
1/10
クリスマスにお薦めのワイン。『シャトー・カロン・セギュール』。ハートマークのラベルでお馴染み。愛する人への贈り物として大変人気の高いワインです。
18C、オーナーのセギュール伯爵は格付1級ワイン「シャトー・ラフィット」、「ロートシルト」、「ラトゥール」などの有名シャトーを多数所有していました。そんな超一流のシャトーを所有しつつも、オーナーにとって大切なのは第3級のカロン・セギュールであったようです。
「ラフィト、そしてラトュールにても私はワインをつくってきた。しかし私の心は、カロンにある」という言葉を残しています。
このハートのラベルにはそんなセギュール伯爵の気持ちが込められているのです。こんな逸話からクリスマス、バレンタインデーや結婚式のプレゼントなどにお使いになる方が多いようです。
(参考)年号ワインのHP こちら
vol169
2004/11/19
12/4
河豚ちり鍋のことを『てっちり』といいますが、どんな語源かご存知でしょうか?
てっちりの『てつ』は鉄砲の鉄からきています。河豚には毒があり「当たったら死ぬ」ことから、河豚のことを『鉄砲』と呼んでいました。これは河豚の食用が禁じられた頃、関西で使われていた隠語で、その当時、大きな声で「今日は、寒いから河豚鍋でも食べようか」とはいえなかったようです。つまり、「てっちり」というのは「鉄砲ちり鍋」のことで、「てっさ」は「鉄砲の刺し身」を略したものです。
豊臣秀吉の朝鮮出兵のおり、兵士たちが河豚に当たって命を落とす者が続出しました。それを聞いた秀吉はその食用を禁じました。これが日本における最初の河豚の食用禁止の始まりです。江戸時代、武士は中毒死すると家禄没収の厳罰が下りたそうですが、一茶や芭蕉が河豚を詠んだり、落語のネタや浮世絵の画材にされたように禁令をくぐって広く食用されたようです。
河豚の食用を解禁したのは伊藤博文です。下関の料亭春帆楼を訪れた際、時化(しけ)のためお出しする魚がなかったため、禁令を承知の上で河豚を出したところが、博文公はこんな美味しいものを禁止するのはおかしいということで解禁になったそうです。
vol168
2004/11/10
11/18
今回は『ラクリマ・クリスティ・デル・ヴェズーヴィオ』というイタリアワインの紹介です。日本語でいうと「ヴェズーヴィオ火山の村のキリストの涙」。このワインの逸話は多いです。
ナポリの堕落した人々の様子をヴェズーヴィオ火山からご覧になったキリストは、あまりの悲しさに涙を流しました。その涙が落ちたところから葡萄の樹が生えてきて、大変美味しいワインが生まれたという伝説。キリストが涙を流したのは、ヴェズーヴィオ火山の噴火で消滅したポンペイを思って涙を流したとも言われています。ほかには、「行き倒れの聖人が農民に介抱され、ワインをふるまわれて感謝の涙を流した。その涙はキリストの涙のように美しいものだった」という話もあります。19世紀にナポリを訪れたゲーテは、このワインを飲み、なぜキリストはドイツで涙を流してくれなかったのだろうと嘆いたというエピソードがあるほどです。
ラベルには、ヴェズーヴィオ山をモチーフにしたもの、ポンペイ遺跡から発掘された壁画を用いたものなどがあります。
(参照)ワイナリー和泉屋のHP こちら
vol167
2004/10/29
11/9
タッジーマッジー(tussie-mussie)という言葉を耳にした事はありませんか?
タッジーマッジーとは香の良いハーブを小さな花束にしたものです。ハーブは古来より人々に愛され生活に密着したものでした。特に、中世ヨーロッパではペストや疫病が大流行し、貴婦人たちは外出の時、魔除けと疫病除けのために殺菌効果のあるこのタッジーマッジーを持ち歩いたそうです。また、お風呂に十分に入れなかった中世の人々の体臭を消すという実用的な目的もあったようです。
19世紀に入ると、美しい花やハーブの花言葉を組み合わせて、恋人や大切な人に思いを伝えるための花束として作られるようになりました。バラなど印象的な花を中心にして周囲をハーブの花や葉で囲んで、手のひらに入るぐらいの小さめの花束に仕立てたものです。
花言葉に思いを込めたロマンティックな花束を作り、大切な人に贈るなんて素敵ですね。
(参照)スパイスとハーブはS&BのHP こちら
vol166
2004/10/20
10/28
健康食ブームのなかで、インドネシアの納豆『テンペ』が話題を呼んでいます。
テンペとは、ゆでた大豆を『テンペ菌』で発酵させた食品で、インドネシアでは数百年前から庶民に親しまれている伝統的な大豆発酵食品です。製造方法が納豆に似ていることから『インドネシア納豆』とも呼ばれています。
納豆と聞くとあの匂いや粘りが苦手 という方が少なくないのですが、テンペは匂いも粘りもないので調理しやすく食べやすいので人気があります。茹でた大豆を固めたような板状の食品でスライスして、煮たり、焼いたり、揚げたりして食べます。味は味付けをしていない茹でた大豆の味そのままですので、濃い目の味つけが合うようです。
テンペは納豆より栄養価が高く、更年期障害の緩和、コレステロール値の低下、 血栓防止、動脈硬化の改善、ガン予防、高血圧予防、 便秘の解消、糖尿病予防などに効果があり健康食品として注目されています。
(参照)CitaCitaのHP こちら
vol165
2004/10/1
10/19
普茶料理は中国風の精進料理で、京都の宇治に黄檗宗の萬福寺を開いた隠元禅師(明の帰化僧)が伝えたものです。
普茶とは「あまねく茶をほどこす」の意味で、料理を仲立ちとして親睦を深め、その日の労をねぎらう意味があります。黄檗宗では、寺の行事や法要の後、茶礼の儀式と謝茶と呼ばれる会食があります。そこで出される料理が普茶料理です。親睦をはかることが目的なので、上下の隔てなく、四人一組で円卓を囲み、大皿に盛られた料理を直箸で自由に取って食べるそうです。この食事の形は個々の膳で、身分の順に並んで食ベていた日本の習慣に新風をあたえたようです。
料理の特徴は生物の材料は一切使わず、豆腐とゴマ油を多量に使って旬の野菜などの食材を料理したものです。 また、見た目にもこだわりがあり、精進物を使って肉・魚・鳥の”もどき料理”があるのも特徴です。たとえば、一見「鰻の蒲焼」だが、実は材料は豆腐。よくすって味つけをした豆腐をのりの上にのせて油で揚げたもの。食べる人を驚かせ、喜んでほしいという思いから考案されたようです。
 (参考)泉仙 大慈院店のHP こちら    黄檗普茶料理 白雲庵のHP こちら
vol164
2004/9/17
9/30
秋の彼岸の頃、真っ赤な彼岸花が咲きます。別名の曼珠沙華は梵語で「赤い花」、「天上の花」のことで、仏教の経典によるとおめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天上からふってくるという意味があるそうです。その他、死人花(シビトバナ)、捨て子花(ステゴバナ)、火事花(カジバナ)など地方によって呼び名が多い花(千種以上)です。毒があるためか不吉なイメージの名が多く、昔から余り良いイメージの花とされてきませんでした。
田んぼの畦道や土手に多くみかけますが、これは野ネズミが畦道や土手に穴を開けるのを、彼岸花の毒性のある球根を植えることで防いだといいます。また、毒は水にさらせばとれるので飢饉に備えて植えたといいます。
彼岸花の葉は花が散った後、ゆっくり出てきます。花と葉は決して出会うことうことができないという事から、韓国では相思華(サンチョ)というロマンチックな呼び名がついてます。「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味。やはり冬ソナの国ですね。

(参照)新潟見どころナビのHP こちら      ひだか巾着田のHP こちら
vol163
2004/8/23
9/16
冷奴が美味しい季節です!!冷奴の「奴」とはどういう意味があるかご存知でしょうか?奴は江戸時代の武家に仕えていた下男(使用人)のことで、大名行列の先頭に立って槍をふり歩いているあの「奴さん」(槍持ち奴)のことです。奴さんは奴凧でも知られています。奴さんの衣装の紋所は四角い形(釘抜紋)でした。そこから、冷たい豆腐を奴さんの紋のように四角く切った料理が冷奴と呼ばれるようになったようです。
冷奴の奴は豆腐の切り方の名称で、大き目の立方体に切ることを『奴に切る』(3cm角)といいます。ほかにも豆腐の切り方には呼び方があります。「奴」より、もう少し小さい切り方を「さいの目」(1cm角)、さらに小さいのを「あられ」(5mm角)。また、小さい短冊に切るのを「はちはい」、色紙型にうすく切ったものを「おつゆ」と呼ばれています。
(参考)ネスレveveyのHP こちら
      お茶街道のHP こちら
vol162
2004/8/4
8/22
もうすぐ、アテネオリンピックですね!!42.195kmといえばマラソンですが、マラソンの距離は初めの頃は正式な決まりがなく、約40kmだったそうです。 1924年の第8回大会から、42.195kmで定着しました。 1908年の第4回ロンドン大会の42.195kmがそのまま採用されたものです。 ロンドン大会開催の際、英国の王女アレキサンドラが「スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のボックス席の前」と注文したために 距離が延長され、42.195kmという半端な距離になったようです。 
でもなぜ、この中途半端な距離が正式距離に採用されたのか?それは、ロンドン大会でのドランド・ピエトリ選手を称えて決められたようです。 
ピエトリ選手は、何度も何度も倒れながらも命懸けでゴールを目指していました。結局、彼は大会役員の人の手を貸りて1位でゴールしたのですが失格。しかし、彼の走りは多くに人に感動を与え、伝説のレースとして語り継がれてきました。そして1924年の第8回大会からピエトリ選手を称え、ロンドン大会の距離をマラソンの距離としたのです。
(参照)
YOMIURI ON LINEのHP こちら

田中義巳のジャーニーランクラブHP こちら
vol161
2004/7/21
〜8/3
そうめんや冷ややっこの薬味に利用される茗荷。原産はアジア東部、中国で、平安時代の「延喜式」にも登場するほど古くから日本人に好まれている香辛野菜のひとつです。
茗荷を食べると『物忘れがひどくなる』という俗説がります。もちろん科学的根拠はありません。それにはこんな逸話があります。昔、お釈迦様の弟子の中に周梨槃特(しゅりはんどく)という人がいました。彼は仏道に優れ悟りまで開いた人物でしたが、たいへん物忘れがひどく、自分の名前を忘れるほどであったといいます。それを見かねたお釈迦様は彼の首から名札を下げさせました。死後、彼の墓所に見知らぬ草が生えました。名前を荷(に)なって歩いていた槃特にちなみ、この草は「茗荷」と名づけられたそうです。
茗荷の物忘れ説はよほど日本人のお気に入りなのか落語のネタにもなっています。茗荷を食べさせて大金の入った荷物を忘れさせようと悪巧みをした。が、結局、客は荷物を忘れずに宿代を忘れて出ていってしまったと言う小話。(茗荷宿)
vol160
2004/7/4
7/20
『にがり』(苦汁)といえば、昔から豆腐の凝固剤として知られていますが、今、このにがりが生活習慣病、美容、健康、ダイエットなどに効果があるということで注目を集めています。にがりは海水から塩を採取した残りの液体で、非常に豊富なミネラルを含んでいます。にがりの主成分はマグネシムで、その他、塩化カルシム、塩化ナトリウム、鉄、亜鉛など80種類以上。ミネラルは身体機能の維持・調節に必要不可欠で、体内ではつくることの出来ないものです。ミネラルを多く含むにがりは、ミネラル不足による様々な症状の予防や改善効果が期待されているのです。それらを効率よく手軽に取れるとして、今人気を集めているのが天然にがりなのです。
こうした効果が期待できるにもかかわらず、なぜ、今になって急に話題が上がったのか疑問がわいてきます。それは平成9年の専売法改正により、自由に塩をつくれるようになったということが深く関わっているようです。
(参考)
にがり研究所のHP 
こちら
vol159
2004/6/21
7/3
京都の夏といえば鱧料理。京都の祇園祭は「鱧祭り」とも言われるほど、鱧は京料理に欠かせない食材です。鱧は梅雨の水を飲んで旨くなると言われており、梅雨が明けるころが旬で、その時期が祇園祭と重なるため、祭りに鱧をご馳走する習慣が生まれました。
なぜ、京都で鱧が珍重されたのか?それは生命力が強くて生きたまま京都で売られる貴重な魚だったからです。冷凍技術が発達していない時代に、瀬戸内海から生きたまま運び込むことができる鱧は、海の無い内陸の京都で珍重されたのです。その生命力の強さにあやかり京都では古くから食されています。ただ、難点は、体中に小骨が多くて硬いためそのままでは煮ても焼いても食べられません。そこで京都の料理人は『骨切り』という料理技術を生み出しました。骨切りは約3cmに24回包丁を細かく入れ、しかも皮を切りません。この骨切りを丁寧にしたものは、熱湯に通すと反り返って白い花のように開きます。鱧が関西以外で食されなかったのは、骨切りの技術を持たなかったことと、近郊で新鮮な魚が豊富に手に入ったため鱧に固執する必要がなかったからのようです。
vol158
2004/6/6
6/20
6月は女性が憧れるジューン・ブライドの月。欧米では、『6月の花嫁は幸せになれる』という言い伝えがあります。これは英語の6月『June』が、ローマ神話の女神ジューノ『Juno』に由来するためです。Junoは女性の守護神であり、婚姻を司る神様。それで、Junoの月、すなわちJune(6月)に結婚すると女神がふたりの幸せを一生約束してくれると信じられているためです。また、欧米の6月は日本と異なり、さわやかな気候で結婚式にふさわしい季節だったため、ジューン・ブライドが定着したそうです。日本では、もともと6月は梅雨のじめじめした時期なので結婚式をあげるカップルは少なかったとか。そこで、オフシーズンになんとか集客をと考えた都会の業者が欧米のジューン・ブライドを利用したのが、日本にジューン・ブライドが根づいた理由とも言われています。
個人的には6月の結婚式は控えていただきたいのですが・・・みなさんはどうでしょうか。
vol157
2004/5/19
6/5
夏のアクセサリーに欠かせないシルバー(銀)は、防腐・殺菌作用があることから巷で話題になっています。(銀の元素記号AG、AG21、AGイオン)
銀の防腐・殺菌効果は、かなり昔から知られ活用されてきました。古代ギリシャでは飲料水の鮮度を保つために銀製の壷に貯蔵し、西部開拓時代のアメリカでも牛乳を腐らせないように銀貨を入れたり、インドでは腐敗しやすい食物を銀箔に包み保存していたそうです。驚くことに、銀は約650種類の菌に対して防腐・殺菌効果があると言われております。また、銀には毒物に反応して黒く変色することから 中世ヨーロッパの王侯貴族は毒殺されないように銀食器を珍重した理由もあるようです。しかし、実際は、銀は日頃から手入れをしないとすぐに変色してしまい、ピカピカに保つためには大勢の召使を必要とすることから、財力を自慢するためのものだったようです。韓国でも毒味の習慣があり、外食でも、日本のように割り箸を使うのではなく銀のお箸を洗って使用しています
ヨーロッパでは銀は裕福な生活の象徴とされ、銀のスプーンをくわえて生まれてきた子供は、『幸せになれる』と言い伝えがあり、16世紀ごろから銀のスプーンを誕生祝いに贈る習慣が始まったようです。
vol156
2004/5/3
5/18
5月5日の端午の節句に欠かせないのが、『粽』(ちまき)と『柏餅』です。
粽の歴史は古く、紀元前278年、戦国時代の中国に溯ります。楚の国に屈原(くつげん)という詩人であり、政治家がおりました。屈原は秦の侵略から国を守ために努力しましたが、自国内の権力抗争に敗れ国を追放されてしまいました。その後、楚の国は秦に支配されてしまい、国の将来を憂いた屈原は汨羅(べきら)川に身を投げました。その霊を供養するために、毎年5月5日の命日に、米を竹筒に詰めて川に流したのが粽の始まりといわれています。日本に伝わったのは平安時代、節句の行事と同時に伝わり、宮中での儀式に使われたようです。日本では茅(ちがや)の葉で巻いたので、この名がついたとか。
一方、柏の葉で包んだ柏餅は日本独自のもので、登場するのは江戸時代です。粽に比べて歴史ははるかに浅いものです。柏の葉は新芽が育つまで古い葉が落ちないところから、家系が途絶えない縁起ものとして珍重され、江戸の武家を中心に広まったようです。
どちらのお菓子も端午の節句には欠かせないものですが、関西では粽、関東では柏餅がより親しまれているようです。
vol155
2004/4/21
〜5/2
ホットケーキに欠かせない琥珀色のメープルシロップ。どんなものから作られているかご存知ですか?砂糖カエデの樹液を煮詰めて作られたものです。カナダの国旗に描かれているメープル(楓)が砂糖カエデのことで、世界のメープルシロップの生産量の85%がカナダ産です。カナダが建国するずっと以前から先住民が木々の樹液を吸っているリスを見て食用に使い始めたのが最初だといわれています。その後、18世紀、この地に渡ってきた白人たちにも伝えられ、今ではカナダの特産品として有名になっています。
この樹液は早春のごく限られた時期にしか採取できないもので、40リットルの樹液からたった1リットルのメイプルシロップしか作ることができない貴重なシロップです。ミネラル分を豊富に含みカロリーは砂糖の2/3と低いので、健康と美容に、また、独特の香りには精神安定とストレス解消の効果があります。添加物を一切含まない天然の甘味料なので健康食品として注目されています。
(参考)
オールドカントリーローズのHP こちら
vol154
2004/3/23
4/20
VOCのロゴマークの入った陶磁器がありますがどんな意味があるのかご存知でしょうか?VOCは有田の磁器をヨーロッパに紹介したオランダ東インド会社(Vereenighde Oostindische Compagnie)の通称です。このVOCを組み合わせたロゴマークはシンボルマーク(社章)として用いられ、倉庫や貨幣、旗や陶磁器などに入れられていました。1602年に設立された世界初の株式会社としても知られています。それ以前は航海の都度『座』を開いて出資者から資金を集めて行う一航海限りの組織でしたので、船が海賊に襲われたり、難破した場合リスクが大きかったようです。こうした資金の非効率をなくし、リスクを分散する方法『株式会社』を考え出したのがオランダ人だったのです。組織力が強まり、リスクも分散。この結果、他のヨーロッパ勢を押しのけ力をつけていきます。イギリスも東インド会社を設立していましたが、株式会社でなかったため、組織力・資金不足のためわずか3年ほどで日本から撤退していきました。資本主義の最大の発明は『株式会社』だといわれています。その意味においてオランダの果たした役割は重要ですね。
(参考)
神戸市立博物館のHP こちら
vol153
2004/2/23
3/22
マスコミで紹介されて大人気のメロンパン。パン生地にクッキーの生地をのせて表面に格子状の模様をつけて焼いたパンです。その由来については色々な説あります。
1) 昭和5年、東京の『木村屋』の三代川菊次さんがパンの実用新案登録しています。現在のメロンパンによく似ていることからこれをルーツとする説。
2) 帝国ホテルの元ロシアの宮廷料理人イワン・サゴヤンが作ったフランスの『ガレット』というパンが、現在のメロンパンそっくりでこれが一般に普及したという説。(明治44年〜昭和2年)
3) オーストリアのパン菓子『カプティナロール』が日本に伝わって変化したという説。クッキー生地がモカ味からレモン風味に変りメロンの模様をつけたというもの。その製法はメロンパンと同じで、パン生地にクッキー生地をのせてつくられているそうです。
いろいろ調べてみるとメロンパンのルーツは海の向こう、海外にルーツがあるように思えてなりません。みなさんはどう思いますか。
(参考)e-monのHP こちら
vol152
2004/2/10
2/22
バレンタインといえば女性がチョコレートに想いを込めて好きな相手に告白ですが、ステキな恋人のいる人はちょっとおしゃれにホテルなどのディナーを予約なさっているのではないでしょうか。
そんなディナーにお薦めなのが 『シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルーズ』というワイン。フランスのブルゴーニュ地方のシャンボール・ミュジニー村のワインです。 その中でも、レ・ザムルーズ(恋人たち)というたいへんロマンティックな名前のブドウ畑。 とても素敵な名前のついた見逃せないワインです。「その昔、花が咲き溢れる花畑で村の恋人たちは、この場所から素晴らしい景色を眺めながら語り合った。」といういわれからこの名が付いたそうです。「大切な人と一緒にゆっくりと飲み語らう」そんな時にふさわしいワイン。値段は若干張りますが年に1度の記念日にはすこし奮発してもいいかもしれませんね。
(参考)
ワイン&グルメのHP こちら
vol151
2004/2/1
2/9
節分の夜に恵方(えほう)を向いて太巻き寿司(恵方巻)を無言で丸かじりするとその年に幸福が訪れるといわれています。恵方というのは易学の幸運を招く方角(年神さまのいる方向)で、毎年変わります。今年は東北東。
巻き寿司には「福を巻き込む」という意味があり、包丁を入れると「縁が切れる」という縁起かつぎから丸ごと1本を無言で食べるのが良いとされています。太巻き寿司を鬼の鉄棒に見立て鬼の鉄棒を食べてしまうことによって節分の厄払いするという異説もあります。この風習は江戸時代末期から明治初期にかけて大阪の船場の商人が商売繁盛と無病息災を願って始めたとされています。その後、全国区になったのは、1977年の節分に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った『巻き寿司の早ぐい競争』がマスコミが取り上げられたことがきっかけで全国に広まったようです。バレンタインデーのチョコレートのようにマスコミによって作られた風習のようですね。







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