vol 50
2001/10/22〜10/28 |
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秋といえば芸術の秋です。陶磁器の世界でも芸術品として世界でも高い評価を得ている作品があります。
ロイヤルコペンハーゲンの「フローラダニカ」というディナーサービスです。
1790年、ロシアの支配下にあったデンマークがロシアの女帝エカテリーナU世のために製作されたものです。「フローラダニカ」は”デンマークの花”という意味です。1761年に出版された植物図鑑「フローラダニカ」を元絵として作られ、名付けられました。デンマークに自生する2,600もの花をすべて1点1点手書きで器に描くというものでした。絵付師J.C.バイエルンにより、12年の歳月をかけて製作されましたが、1802年、エカテリーナーU世の死により中断、その後、1802点の完成品はローゼンボーク城に引き取られ、今でも公式の晩餐会に使われています。
フローラダニカを1度拝見したことがありますが、ボリュームたっぷりの金色の縁取りで、とても上品な色合いが印象的だった記憶があります。
(参考)
ロイヤルコペンハーゲンのHP こちら
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vol 49
2001/10/15〜10/21 |
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古代米というものをご存知でしょうか?赤米、黒米などの古代米は、稲の原種である野生稲の特徴を受けついている米のことです。ミネラルやビタミンを豊富に含む健康食品として注目を集めています。
赤米は、日本のお米のルーツとされ、赤飯の起源といわれています。縄文時代、日本に初めて伝わった米は、赤米で、邪馬台国や大和朝廷の献上米も赤米だったといわれています。古代人は赤米を神様にお供えしたり、お祝いごとのある時に食べていたようです。そのご飯の色が赤い色をしていたので赤飯の名がついたようです。次第に赤米は栽培されなくなり、赤米の変わりに小豆で色をつけた赤飯をお供えするようになったのです。
黒米も古くからお祝いの米として珍重され、おはぎの起源といわれています。中国の「本草網目」には黒米は滋養強壮に優れ造血作用があると書かれております。薬膳料理にも古くから使われてきました。別名薬米といわれています。
新米のおいしい季節ですね。旬のきのこ、栗、根菜などといっしょに古代米もその中にいれられてはいかが・・・・栄養もUPします。
(米3合に、古代米は30gが目安です)
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vol 48
2001/10/8〜10/14 |
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煮魚の煮汁が冷えるとゼリーのように固まった”煮こごり”になります。これは、今話題のコラーゲンが主成分で、老化防止に不可欠なものです。
コラーゲンはたんぱく質の一種で、体を構成するたんぱく質の1/3以上を占めています。特に皮膚の真皮では70%がコラーゲンだといわれていいます。17才ころから、体の中でコラーゲンをつくる機能が低下して、コラーゲンは年齢とともに減少してきます。コラーゲンが減少してくると皮膚のたるみ、しわ、関節の痛み、抜け毛となど、老化となって表面に表れてきます。コラーゲンが老化の原因の一つといえます。コラーゲンをとることで、コラーゲンをつくる機能が活発になり老化を最小限に食い止められることが動物実験などでよって明らかになっています。
コラーゲンの豊富な食品は、すじ肉、軟骨、豚足、スペアリブ、手羽先、魚の煮こごり、ふかひれ、ゼラチンなど、どちらかというと食べにくかったり、捨ててしまっている部分に多く含まれています。料理に工夫が必要ですね。コラーゲンを摂取するときに忘れてならないことは、必ずビタミンCを一緒にとることが大事です。
(コラーゲンをつくるのに不可欠)
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vol 47
2001/10/1〜10/7 |
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10月8日は、木の日です。バオバオという木をご存知でしょうか?サン・テグジュペリの「星の王子さま」の中にでてくる木です。長い間、空想の木であると思っていましたが、実在します。熱帯アフリカ、マダカスカルでみることができます。とても大きな木で、奇妙な形をしています。大きいものでは、高さが25mを超え、幹の周りは20mとどっしりしています。幹はずんどうで、枝は上部だけに広がり、樹齢2000年以上の木もあるということです。「星の王子さま」の中では、とても悪く書かれていますが、アフリカ、マダカスカルの人々には、とても大事にされています。樹皮は壁、屋根に使われ、果実は食用にもなり、とても有用な木だそうです。マダカスカルのバオナブは、他の地域のものより、見ごたえがあります。機会があれば、ぜひ一度みてみたいものです。
(参考)
Gallery SakudaさんHP こちら
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vol 46
2001/9/24〜9/30 |
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先日、信楽に仕入れに行く途中、すすきを見かけました。秋なんですね。すすきは秋の七草のひとつです。昔なら、ごく身近で七草を見ることができたようですが、最近ではなかなか難しくなっています。とても悲しいことです。
秋の七草のルーツをご存知でしょうか?
始まりは、1200年あまり前の万葉集にさかのぼります。万葉集で、山上憶良が
「秋の野に 咲きたる花を 指折り かく数ふれば 七種の花」つづいて、
「萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなへし また藤袴 朝顔の花」と読んで以来、秋の七草が人々に親しまれるようになったようです。こちら
「秋の七草には、朝顔は入っていないのでは?」と疑問に思われた方もいらっしゃると思いますが、万葉時代、朝顔と呼ばれていたのは桔梗です。みなさんがご存知の朝顔の花は、平安時代に中国から渡来したものです。桔梗は、後から日本に入ってきた花に名前をとられてしまった哀れな花です。草花の世界も大変なんですね。
(参考)
群馬大学の青木繁伸教授のHP。こちら
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vol 45
2001/9/17〜9/23 |
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瀬戸焼は、「せともの」の日常品というイメージがあるのに対して山一つ越えた美濃焼には、黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部などの茶陶(桃山陶)からくる高級感があります。
しかし、桃山陶は、長い間、瀬戸で焼かれたと思われていました。黄瀬戸、瀬戸黒には、「セト」の名が付いていますし、古文書にも「セトチャワン」と書かれていましたので、瀬戸産であると信じられてきました。
しかし、昭和5年、荒川豊蔵が、志野の陶片を発見したことにより、この定説はくつがえされます。”関家所有の筍絵の志野茶碗”を手にした時、その茶碗の高台の内側についていた米粒ほどの赤土を見た瞬間、豊蔵は疑問を抱きます。「瀬戸の土には、赤土はない。以前、故郷の美濃で拾った陶片によく似ている。美濃産ではないのか?」すぐ翌日、豊蔵は、美濃の大萱(おおかや)の古窯で、同種類の陶片を発見します。この発見により、桃山時代の茶陶は、美濃で焼かれたことが明らかになりました。この運命的な出会いにより、残りの人生を桃山陶の再現に取り組み実現します。この功績をたたえて、昭和30年、人間国宝に認定されます。
(参考)
やきものネットのホームページ こちら
豊蔵資料館のホームページ こちら
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vol 44
2001/9/10〜9/16 |
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イクラは新鮮な卵を塩漬けにしたもので、その独特の風味と口の中でプチンとはじける触感を好む人がおおいようです。人工イクラが多く出回っていることをご存知でしょうか?
人工イクラを作り出したのは、食品会社ではなく、日本カーバイト工業です。接着剤を入れるカプセルを作る研究をしていて、偶然イクラに似たものができたことがきっかけだったとか。皮膜と内容物は海草からの抽出物で、目玉はサラダ油です。目玉の色はニンジンエキスで着色しているとは驚きです。着色したサラダ油を乳酸カルシウム溶液の中に落とすとイクラそっくりの形に仕上がります。味も形もホンモノそっくりに作られ、まさしく芸術品ですね。
食通の方でも見分けができないほど似ています。本物のイクラは、お湯に浸すとイクラの表面が白っぽく固まってきますが、人工イクラはそうならないので簡単に見分けられます。本物より、コレステロールが低く、値段が安いので本物よりヘルシーです。人工イクラの商品名は「つぶつぶ」です。
みなさんがいつも口にしてみえるのはどちらですか |
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vol 43
2001/9/3〜9/9 |
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日本の緑茶、英国の紅茶も、そのルーツは中国の雲南省です。
伝説によると紀元前2737年、医学と農学の始祖である「神農」が、世界ではじめてお茶を飲んだとされています。木陰で生水を沸かしている時、お茶の葉が偶然その中に入り、それを飲んだのが始まりだとか。このころのお茶は薬草として飲まれたようです。
お茶が日常的に飲料として登場するのは、茶聖と呼ばれる陸羽が登場する唐の時代(618〜907年)と考えられています。彼が書いた「茶経」という本の中で、茶葉を小さく固めた固形茶を削って沸騰した湯に入れて飲んでいたと紹介しています。この本は、世界最古のお茶の専門書で、現在でもお茶を嗜む人たちの教本とされています。
現代のような茶葉に湯を注ぐスタイルが登場するのは明の時代です。(1368〜1644年)日本には、奈良時代、遣唐使の僧によってもたられました。ヨーロッパには、17世紀にオランダ人によって紹介されました。
お茶は中国から産声をあげ、世界中に広まったというわけです。
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vol 42
2001/8/27〜9/2 |
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愛知県瀬戸市といえば、「せともの」の名産地ですが、とても苦しい時期がありました。17世紀前半、九州の有田で、磁器の生産に成功し、18世紀後半には、日本中に普及しはじめ、瀬戸の街は窮地におちいりました。
この危機を救うために、1804年、天草東向寺の天中和尚を頼って、一人有田に向かったのは、加藤民吉です。有田では、磁器の作り方は「極秘」とされ、民吉は、各地の窯場で働きながら、磁器の製法を学ぼうとしたのですが、なかなか技術を身につけることはできませんでした。しかし、平戸の福本仁左衛門のもとで、親切に技術を教えてもらうことができました。3年後、瀬戸に帰り、磁器の生産をはじめ、瀬戸の危機をすくったとされています。
こうした業績をたたえて、民吉は磁祖として窯神神社に祀られ、毎年9月の第2土・日曜日に、民吉の偉業をたたえる「せともの祭」が開催されています。毎年、50万の人々でにぎわいます。
民吉物語は、雑誌・芝居などで紹介されてきましたが、かなり事実と違います。本来の民吉像をお知りになりたい方は、『瀬戸市史 陶磁史篇 三』をお読みください。
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vol 41
2001/8/20〜8/26
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倉木麻衣さんのお陰で爽健美茶がブームになっているようですね。
お茶には、紅茶、緑茶、ウーロン茶などいろいろな種類がありますが、どのお茶も同じ木の葉が原料です。ツバキ科のカメリア・シネンシスという木です。同じ葉なのにどうしてこんなに味、香りが違うのでしょうか。それは、お茶の製造方法の違いによります。
お茶の葉は摘み取ってそのままににしておくと、すぐに発酵(酸化)し、しおれて黒っぽい色に変わります。緑茶はこの発酵を防ぐため、摘み取ってすぐに蒸します。そのため、葉に含まれる酵素の酸化を防ぎ、美しい緑色に仕上がります。これに対して、紅茶は葉を完全にしおれて、葉の色は緑色から褐色に変わるまで待ちます。ウーロン茶は、半分ほどしおれてから蒸します。
このように発酵させない緑茶のことを不発酵茶、発酵させる紅茶を発酵茶、半分発酵させるウーロン茶を半発酵茶と呼びます。
製造方法が違うとかなり、味、香りに差がでるのでびっくりですよね。 |
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vol 40
2001/8/13〜8/19 |
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夏の風物誌といえば、花火です。
花火大会であがるかけ声、「玉やぁー、鍵やぁー」とはいったいなんのことでしょうか?これは、江戸時代の二大花火師、「玉屋」と「鍵屋」のことです。江戸時代の両国の川開き(現在の墨田川の花火大会)は、橋を挟んで、上流を玉屋、下流を鍵屋の花火船が陣取って互いに技を競いあっていたことに由来しているそうです。花火が上がるたびに、声援、応援したのでしょうね。
「いいぞ玉屋」 「負けるな鍵屋」なんてね。
この玉屋は、鍵屋から暖簾分けによって独立していたのですが、技術も人気も分家の玉屋のほうが高く、かけ声も玉屋ばかりだったそうです。
しかし、前途洋々と思われた玉屋も、天保14年(1843年)、自宅から火事を起こし町の半分ほど焼いてしまったため、家財没収、江戸追放になりました。その後、鍵屋がすべてを受け持つことになりますが、あがるかけ声は、[玉やぁー」ばかりだったそうです。
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vol 39
2001/8/6〜8/12 |
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今週はビールの泡についてのお話です。
泡は、ビールのおいしさを守るふたの役割をしています。ビールの中から逃げ出そうとする炭酸ガスをおさえ、また空気とふれあってビールの味が落ちるのも防いでいます。ですからコップの泡は、飲み干すまで消えないようにするのがおいしく飲むコツになります。泡は、クリーム状のキメの細かい泡ほど長持ちします。つまり、焼締めの器で飲むのが最高です。こちら
また、泡をうまくつくるには、ビールを上手につぐことです。コップをまっすぐ持ち、始めはゆるやかに、しだいに勢いよくついでいき、きれいに泡ができ始めたらその泡を持ち上げるようにして静かにつぎます。グラスのうち、ビールが70〜80%、泡が20〜30%の比率がベストです。
また、ビールの適温は6〜8℃。冷蔵庫で5、6時間だそうです。冷やしすぎは濁りが出てダメだそうです。知っていましたか?
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vol 38
2001/7/29〜8/5 |
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Club Tableでは美濃の和紙を使用しています。
美濃市は和紙の産地として全国的に知られていますが、日本で最も多く「うだつ」が残っている町並みとしても有名です。
「うだつ」って何? と思われるかもしれませんが、「うだつがあがらない」の「うだつ」です。「うだつ」はもともと、火事の多かった江戸時代、屋根の両端を一段高くして火災の類焼を防ぐために造られた防火壁のことです。時代がたつにつれて豪華な装飾が施され、富の象徴として競って造ったそうです。
裕福な家でなければ、「うだつ」を造ることができなかったことから、「うだつがあがらない」という言葉まで生まれました。「なかなか財を築けない甲斐性なし」「なかなか出世できない」という意味に使われるようになったようです。
美濃市の「うだつ」の写真があります。こちら
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vol 37
2001/7/22〜7/28 |
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暑い日が続きますが、夏バテ解消には鰻を食べるとよいそうです。鰻についての歴史は古く、万葉集にも登場しているほどで、栄養価の高い食品として知られています。
土用の丑の日に鰻を食べる習慣は江戸時代からです。由来には諸説あります。
エレキテルで有名な平賀源内が、商売不振のうなぎ屋から相談をうけて、「本日土用丑の日」と書いて店先に貼り出したところ、これが大繁盛して、その後、土用の丑の日に鰻を食べるようになったようです。
また、土用に大量の蒲焼の注文を受けたうなぎ屋(春木屋)が、子の日、丑の日、寅の日の3日に分けて作って、土瓶に入れて保存しておいたところ、丑の日に作った鰻だけが悪くなっていなかったからという説もあります。この説は「江戸買物案内」という書物の中で紹介されています。
みなさんはどちらの説を選ばれますか?
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vol 36
2001/7/16〜7/21 |
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海外では日本食がブームになています。日本食といえばかかせないのが醤油です。この日本の醤油が西洋の歴史に登場するのは、17C、日本の江戸時代前期のことです。コンプラ商人によって海を渡っり、ヨーロッパの食通達の舌をうならせました。ルイ14世の食事の隠し味として使用された話は有名です。1765年に出版された「百科全書」にも紹介されています。
醤油はコンプラ瓶(日本名:金富良瓶)に詰められて輸出されていました。コンプラの語源は、ポルトガル語のコンプラドール(仲買人)という意味からきています。オランダ人に日用品を売る特権を与えられた商人をコンプラ商人と呼んでいたようです。
コンプラ瓶は波佐見焼で、瓶の肩に『JAPNSCHZOYA』とかかれていました。
文豪トルストイは、書斎の一輪さしとして愛用していたようです。
長崎出島資料館のホームページにコンプラ瓶の写真がございます。こちら
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vol 35
2001/7/9〜7/15 |
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今年の夏は猛暑になるようですね。
昔の人々はさまざまな工夫をこらして暮らしに涼を取り入れてきました。簾、風鈴、打ち水、金魚鉢、水琴窟・・・・・今週は、その中の水琴窟のお話です。
水琴窟は、茶室の入り口、手洗いなどの地下に、底に小さな穴をあけたカメを逆さにして埋め込んだものです。水がカメの穴から下に落ちると、カメの中で反響して澄んだ音を響かせます。これは江戸時代に考案されたものです。お茶会などで大勢の人たちが使用すると庭が水び足しなるのを防ぐために、一時地中に水をためるためにつくられたものです。そのカメに落ちる水の音が、琴の音に似ていることから水琴窟と呼ばれています。
私は数回水琴窟の音を聞く機会がありましたが、お座敷から庭を眺めながら心静かに澄んだ音色を聞くのが最高です。
ネット上では味気ないのですが、日本の音研究所のホームページにの”水琴窟の音”がございますので、お楽しみください。こちら
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vol 34
2001/7/2〜7/8 |
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17Cのヨーロッパでは、中国・日本の磁器が金より価値が高いといわれていました。貴族たちの間では、白くて薄い磁器を収集することがステイタスとされました。磁器の壷48個と騎兵隊600人と交換した王様もいたそうです。
ヨーロッパで最初に磁器づくりに成功したのはドイツです。ザクセン候アウグストが、錬金術師のヨハン・フリードリッヒ・ベトガーに命じ、1709年、白磁に成功しました。これが、マイセンの始まりです。しかし、ベトガーは、白磁製作のノウハウが国外にもれることを恐れたアウグスト王により軟禁され、37才という短い一生をおくりました。しかし、どこから漏れたのか1750年にはヨーロッパ中で磁器の生産が始まりました。
マイセンの「青い双剣」と呼ばれる剣のマークは、その製法が外にもれないようにという意味があるそうです。
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vol 33
2001/6/25〜7/1 |
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スーパーなどで、健康飲料として深層水が売られています。
深層水とは、深海(海底2000〜4000m)の水であり、グリーンランド周辺(北大西洋)で垂直に沈む海流が始まりで、沈んだ水は2000年という年月をかけて一度も大気と接することなく深海を巡り北太平洋にまでたどり着きます。その一部が高知県室戸沖で湧昇流として姿を現し、約340m程度という比較的浅いところから深層水を取水することが可能です。
深層水は光が届かないため、光合成に必要な栄養素が消費されず多く残っております。そのため、有機物が少なく、病原菌なども少ないのが特徴です。また、年間を通して9℃前後です。
今、産業や医療などのさまざまな分野で研究や利用が始まっているようで、アトピーなどに効果があるようです。また、海水の温度差を利用した発電研究も行なわれています。
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vol 32
2001/6/18〜6/24 |
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鮎が解禁となり鮎の美味しい季節になりましたね。鮭は産卵のために川を上ることで知られていますが、鮎は餌をもとめて川を上ります。鮎の一生は1年と短く、海と川を往復しています。
川の中流域で産まれた稚魚は川の流れにのって海へ入り、プランクトンを餌にしてそのまま海で冬を過ごします。春には川を上り始め、川の石につく珪藻などを食べるようになり、上流で成魚となります。やがて秋になると鮎は産卵のために川を下りはじめ、川のながれのゆるやかなところで卵を産み短い一生を終えます。
禁魚期間がもうけられているのは、産卵期に釣りをしますと鮎がいなくなってしまうからです。 |
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vol 31
2001/6/11〜6/17 |
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イタリア料理のパエリア ”黄色い炊き込み御飯”をご存知でしょうか?
この料理に欠かすことの出来ないサフランは、世界一高価なスパイスといわれています。こちら
クロッカスの仲間で青紫色の花をつけ、花のめしべをスパイスとして利用しています。1gのサフランを採集するのに150個以上の花を必要とし、500gのサフランでは7万〜8万本以上の花が必要になるという贅沢なハーブです。(サフラン1g=1000円)
ヨーロッパでは古くから着色料として使われてきました。サフランは油に溶けず水に溶けるので、水か湯に浸した液を料理に使用します。
サフランライスは、簡単でお薦め料理です♪こちら |
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vol 30
2001/6/4〜6/10 |
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古くから、ホタルは夏の風物詩として多くの人々に親しまれてきました。
ホタルは世界で約2000種、日本には約40種ほどのホタルがいます。日本での代表的なホタルは、ゲンジホタルとヘイケホタルです。
普通、ホタルは陸上で生活しますが、ゲンジホタルとヘイケホタルは例外で幼虫時代を水の中で過ごす世界的にも珍しいホタルです。すべてのホタルが光るのではなく、日本では、その1/3ほどで、「求愛行動」のためによるものです。
「ホタルを見てみたい!」と思っている方で、「情報がほしい」という方にお薦め!
「日本のホタル前線」 のホームページこちら
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vol 29
2001/5/28〜6/3 |
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懐石と会席の違いについてのお話です。
懐石料理は禅宗と深く関係している茶の湯で、お茶を飲む前に出る簡単な料理のことです。「懐(ふところ)に石を抱く」。
お坊さんたちは温めた石を懐に入れて寒さとひもじさをしのいでいました。温石で温める程度の軽い料理のことです。空腹では濃茶を楽しむことはできません。その前に軽い食事(懐石料理)をだしていました。
懐石はお抹茶をいただくための料理のことで、料理店でお酒を飲みながらいただく料理ではありません。それは懐石ではなく、会席料理のことです。
会席がお酒を飲むための料理であることは、最後にご飯、汁がだされることからでもわかります。逆に、懐石は最初にご飯、汁がだされます。
今日では、懐石を看板にしている料理店もありますが、本当の意味の懐石とは違います。茶道の高級イメージからか、高級な会席ほど懐石を使いたくなるようですね。
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vol 28
2001/5/20〜5/27 |
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料理店の店先に”盛り塩”が盛られているのをよく見かけます。これは、中国の故事に由来するもので、お客さんがたくさんきてくれるようにという「おまじない」です。
昔の中国の皇帝は3000人ほどの側室を囲って、それぞれに大きな屋敷を与えていました。皇帝は夜ごと、牛車に乗ってそれらの側室の屋敷を訪ねていました。皇帝が順番に廻ったとしても、自分の番がくるにはかなりの日数がかかります。そこで、ある側室が一計を案じ、自宅の門前に塩を盛るようになりました。牛は塩が大好物なので盛り塩がある門前で、ピタリととまり動かなかったようです。皇帝は仕方なく、そのお宅に立ち寄ったようです。
この故事から、来てほしい人を招き寄せるおまじないとして玄関に塩を盛るようになったわけです。
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vol 27
2001/5/14〜5/20 |
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飯碗は、持ちやすく手にしっくりなじむものがよいとされています。親指と中指で丸く輪を作った大きさが、丁度よい飯碗の大きさです。ほとんどの成人は12cmなので、標準の飯碗は直径12cmとされています。
飯碗を縦3列、横3列に並べた大きさがお膳の大きさです。お膳の大きさは特別なものではない限り、36cmと決められています。この大きさはちょうど女性の肩幅サイズと同じですので、お膳がとても扱いやすく疲れません。
また、このお膳を持って廊下を余裕を持ってすれ違える幅
三尺(90cm) が、日本の標準の廊下の幅です。”90cm=36cm×2+18cm(余裕幅)”
飯碗、お膳、廊下には意外な関係があるようです。
ヒューマンスケール生活総合研究所のホームページに詳細がございますのでご紹介いたします。こちら
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vol 26
2001/5/7〜5/13 |
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連休にハーブの苗を7種類ほど植えました。ハーブにはお薬の働きがあります。
1630年、南フランスのトゥールーズという町で伝染病のペストが大流行したとき、ペストで死んでいった家に専門に入る四人組みの泥棒がいました。
泥棒たちは逮捕されましたが、役人たちには、「どうしてペストに感染しなかったのか?」という疑問が残りました。問いただしたところ「秘密の薬を塗ってペストが感染するのを防いだ」と白状。
その薬は殺菌性のあるローズマリー、セージ、タイム、ラベンダーなどのハーブを酢に浸して作ったものだそうです。
そのレシピは、トゥールーズの古文書に残っているそうです。
その後それを知ったフランス人は、この薬を「四人の泥棒の酢」と名前をつけて売り出し、大人気となったようです。
この泥棒たちは、逆に特効薬を盗まれる羽目になってしまったようですね。
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