今週のひとりごと
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vol 51〜75


vol 75
2002/4/15〜4/21
桜と入れ替わるように、たけのこの最盛期を迎えています。一般的に出回っているのは、「孟宗竹」という種類のものです。中国原産のこの竹は、天文元年(1736)年、第21代薩摩藩主島津吉貴が、琉球から苗を鹿児島の磯別邸(現在、磯庭園)に移植させたのが始まりです。その後、北海道と東北地方の一部を除き日本全国に広がたそうです。低エネルギーで野菜の中では比較的ミネラルが豊富なので、カロリーを気ににする方や高血圧予防に最適です。また、植物繊維が豊富なので便秘に効果があります。たけのこは収穫してから時間が経つほどえぐみが増え、味が落ちてしまうので購入したら、すぐに食べなくても茹でておくことが大切です。よく「朝掘りたけのこ」と言われるのは、朝掘ってその日のうちに食べるのがよいところからです。
たけのこ料理の紹介 こちら
vol 74
2002/4/8〜4/14
スーパーなどでバルサミコ酢をよく見かけるようになりました。バルサミコ酢は世界中の酢の中で、最も気品のある酢といわれ、”公爵の酢”と呼ばれています。歴史は古く、11世紀頃から作り始められたようです。この酢の起源は北イタリアのエミリア・ロマーニャ州のモデナを支配していたエステ家にあります。エステでは諸外国の国王や貴族たちを城に招いたときに、バルサミコ酢を食前酒として振舞ったり、料理の調味料、おみやげ物として使っていました。
バルサミコ酢は、そのまま料理にかけたり、煮詰めて使用されます。オリーブオイルにバルサミコ酢を数滴たらしてサラダドレッシングにすると風味が増します。また、デザートソースとして、アイスクリーム、いちごにそのままかけても美味しいですよ。肉・魚料理のソースとして煮詰めて使うこともできます。バルサミコ酢はいろいろな用途に使うことができ、家に1本あるととても便利です

vol 73
2002/4/1〜4/7
名古屋では桜が満開になっています。桜の花を使った「桜湯」というものがありまがご存知でしょうか?桜湯は 桜の中でも もっとも香りの強い八重桜の塩漬けに お湯を注いだものです。お湯を注ぐと、八重桜が花開き、桜の香りも ほんのりと漂う華やかな雰囲気のする飲み物です。桜湯は、「花開く」といって縁起のよいものとされ、昔から、結婚式や結納などのおめでたい飲み物として知られています。お茶は、「お茶を濁す」という言葉にも通じることから、祝儀の日には縁起が悪いとして敬遠されてきました。しかし、最近では慶事の簡略化にともない飲むことも 少ないかもしれません。でも、桜の季節、ちょっと目先を変えたティータイムに いかがでしょうか?サクラを利用した食べ物には、「桜おこわ」「桜粥」「桜ういろう」「桜ケーキ」「桜紅茶」「京さくら(漬け物)」「櫻ばし(和菓子)」「桜の吸い物」などがありますが、これらも是非味わってみたいものです。
花の名所案内 桜便りのHP こちら
桜の塩漬けを使った料理 こちら
vol 72
2002/3/25〜3/31
すっかり春の陽気ですね。先日名古屋城近くでたんぽぽを見かけました。たんぽぽは、ハーブの世界ではダンデライオンと呼ばれ人気があるハーブです。特にフランスでは好んで食べたり飲んでいます。日本でも江戸中期から幕末にかけて栽培され野菜のように食用にされていたようです。
たんぽぽのハーブティーはお茶というより、コーヒーのような味わいなので「たんぽぽコーヒー」と呼ばれています。ノンカフェインのコーヒーとして多くの人に愛用されています。カフェインの気になる方にも安心して飲める健康飲料といえます。抽出するのは葉や花ではなく、根です。たんぽぽの根を乾燥してローストして作ったものです。根はミネラルが豊富で、特に鉄分、カリウムを多く含みます。消化不良や便秘やニキビなどの肌荒れを防ぎ、血液をきれいにしたり、母乳の出が良くなる作用があり、女性にうれしいハーブです。
vol 71
2002/3/18〜3/24
醤油のルーツは、中国古代の醤「ひしお」といわれています。その頃の食物の保存といえば、塩づけすることでした。その際、発酵がすすみ、濃厚なうま味成分がしみだしてきます。これが醤「ひしお」です。
「ひしお」には、「穀醤」、「魚醤」、「肉醤」、「草醤」の4種類あります。醤油は「穀醤」、石川のいしる・秋田のしょっつるは、「魚醤」の流れをくむものです。タイ、ベトナム料理のトムヤンクン、生春巻きにかかせない「ナンプラ」「ニョクマム」と呼ばれているものも、魚醤と呼ばれるものです。
醤油は鎌倉時代(1254年)、僧「覚心」が中国から径山寺味噌の製法を持ち帰り、紀州の湯浅で村人に教えているうちに、上澄みを捨ててしまうのはもったいないということで煮付けに使ったのが最初です。これが日本で最も古い溜まり醤油です。径山寺味噌のおいしい汁が周辺の村々に伝わり、江戸時代に入ると銚子.、野田の名産地にも伝わりました。
vol 70
2002/3/11〜3/17
平成9年3月に専売制が廃止され、自由に塩の製造販売ができるようになり、スーパーなどで様々な塩が売られるようになりました。その中に藻塩という見た目は薄い茶色で、ヨード分やミネラルを多く含んでいて話題になっている塩があります。藻塩は、万葉集や平安時代の和歌、小倉百人一首の藤原定家の歌にも詠まれいる古代の製法による塩です。
   『来ぬ人を 松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ』
藻塩は塩田による製塩が行われる前から国内各地で行われていましたが、長い間、製造方法は謎になっていました。1984年、蒲刈町(広島県)の県民の浜造成工事で古墳時代の製塩土器が発見されたことがきっかけになり、10年の歳月をかけて”藻塩の会”は、製塩法を研究完成させました。海水をかけた海藻(ホンダワラ)を乾かして燃やし、灰を海水に入れ上澄みを土器で煮詰めてつくるそうです。てんぷら、肉料理、おにぎりにお薦めです。
(参考)
海人の藻塩のHP こちら
vol 69
2002/3/4〜3/10
イギリスには、たくさんのティータイムがあります。その中の1つにアーリーモーニングティーというものがあります。朝食時のお茶ではなく、朝の目覚ましにベットでいただく熱い1杯の紅茶のことです。(別名:ベットティー)
19世紀の英国の貴族の1日はメイドさんに寝室まで紅茶を運ばせ、ベットに入ったまま朝の熱い1杯を楽しんだといわれています。一般家庭では、ご主人が妻のために紅茶を運んだそうです。この当時、仕事場で朝食があったため、奥さんは朝の朝食を用意する必要がありませんでした。ご主人が仕事に出かける前に紅茶を妻のところにもっていくのを家庭的だと考えられていたようです。
現在でもこの習慣が受け継がれており、休日にはアーリーモーニングティーをして朝の目覚めを楽しむ家庭が多いそうです。ご主人が妻のために、妻がご主人のために、あるいは、一番最初に起きた方が家族のために紅茶を用意しているそうです。こんなすばらしい習慣は、毎日とはいかないまでも、生活に取り入れてみたいですね。誰かのために紅茶を入れてあげる素敵な思いやりの心をもちたいですね。

vol 68
2002/2/25〜3/3
3月3日は桃の節句。いろんな場所でお雛さまを見かけるようになりましたが、男雛と女雛の位置関係はどうなっていると思いますか?
一般的に、女雛は(向かって右)男雛は(向かって左)に飾りますが、京風雛は逆になるのが普通のようです。古来から朝廷の儀式は、「左上位」を原則としているため、男雛が左にきているのです。左大臣が右大臣より上位。舞台などでも、左が「かみて」、右が「しもて」といわれ、日本では伝統的に左上位の風習が数多く残っています。
左が上位という考え方は、”女雛が左”ということにも当てはまります。女性が男性よりも偉くなったのではなく、別の理由があります。
雛飾りのルーツは、徳川家康の孫、後水天皇の中宮東福院和子様が、娘興子様のために作ったのが始まりです。その後、興子様が明正天皇(女性)に即位されてから、上位である左側に女雛を飾る習慣が定着した説が有力です。俗説には、朝廷と幕府の対抗心から左右逆に飾ったとも言われています。

vol 67
2002/2/18〜2/24
2月28日は織部の日です。織部の茶碗が史実に初めて登場した日です。
1599年2月28日、千利休の弟子で大名でもある古田織部は京都で茶会を開き、招いたお客様を驚かせました。博多の豪商神谷宗湛の日記の中で、「薄茶のときには瀬戸茶碗で、ひずんでいる。珍妙である。」と書残しています。この茶会で使われたのは、織部の特徴である沓形茶碗(歪んだ形)といわれています。当時、茶碗は左右対称の形が当たり前でした。歪んだ織部の茶碗を始めて手にした客人たちはどんなに驚いたことか。当時の日本人の価値観を一変させてしまったようです。
織部焼は古田織部の指導のもと自分好みの焼き物を作らせたものです。今でも「織部好み」という言葉が残っているほどです。織部は変化にとんだ形と幾何学的な紋様、色合いに特徴があり、現代の私たちにさえ新鮮な印象を与えてくれ、ファンが多い焼き物です。
織部所有の茶道具は評価が高く、切腹を命じた徳川秀忠自身が織部の道具を終生愛用したそうです。
(参考)戦国博のHP こちら 
vol 66
2002/2/11〜2/17
風邪をひいてしまったら、薬もいいですが、ハーブの力を借りてみませんか?
ヨーロッパでは風邪による咳や喉などの痛みがひどい時に、マロウティーを飲みます。マロウティーは気管支炎や呼吸器系の症状に効果あり昔から民間薬として重宝してきました。また、便秘やニキビにも効果があります。
マロウのティーは色の変化が美しいお茶としても有名です。ハーブティーはほとんどのものが麦わら色のような色のものが多いですが、このティーは鮮やかなブルーです。レモンを浮かべると、とても綺麗なピンク色に変わります。まるで朝焼けの空のようなので、「夜明けのティザース」と呼ばれています。お客様を驚かせるのにはぴったりのティーです。感動・感激されること間違いないです。味も香りもほとんどないティーなのでハチミツやレモンを入れて飲む人が多いそうです。
また、お菓子のマシュマロは、マーシュマロウの根から作られた薬用食品に由来しています。
(参考)
mallow teaコモンマロウマーシュマロウ
vol 65
2002/2/4〜2/10
もうすぐ、バレンタインデーですね。今週はロマンチックな逸話のあるチーズを紹介します。ヌーシャテルというノルマンディー産のハート型の白カビチーズです。フランスの百年戦争の時、激戦地ノルマンディー地方のヌーシャテル村でのことです。フランス人の少女が敵国であるイギリス兵士に恋をしました。その少女が純白のハート型のチーズをつくって送り、彼のハートを射止めたというロマンチックなお話が残っています。このチーズには、色々な形のものがありますが、このハート形をしたものが最も印象的で人気があるそうです。皆さんがよくご存知のカマンベールよりはちょっと塩味が効いています。
バレンタインデーにはチョコレートもいいですが、チーズ好きな方でしたらチーズとワインという組み合わせもお薦めです。クリスマスなどの贈り物にも最適です。
(参考)
ハートラベルのあるワインは こちら
幸運を招く馬蹄形のチーズ こちら こちら
vol 64
2002/1/28〜2/3
ブリの美味しい季節になりましたね。照り焼き、ブリ大根、お刺身などがいいですね。冬のブリは寒ブリといって、身が締まり脂ののりも味も最高。春の産卵に備えてまるまると肥えてとても美味しくなります。中でも富山湾産のものは「越中ブリ」と呼ばれ、一番といわれ珍重されています。北陸や西日本では昔から縁起物とされ、正月やお祝いの席の必需品で、「ぶり」を欠かすと、家の格が問われるほど大事な魚だそうです。
ブリは成長とともに味、大きさ、名前も変わっていくため出世魚と呼ばれています。呼び名は地域によって異なった名前があり、実際には100近い地方名があるようです。ここでは代表的な呼び名を紹介します。関東では、わかし→いなだ→わらさ→ぶり。関西では、つばす→はまち→みじろ→ぶり。と名前が代わります。本来「はまち」は、関西の「ぶり」の青年期の呼び名でしたが、現在では全国的に養殖ブリのことを指し、天然ものと区別しています。私はいままで、「はまち」と「ぶり」は別の魚だと思っていましたが違っていたようです。
”ブリ大根”を作ってみました。 こちら
vol 63
2002/1/21〜1/27
”左馬”の年賀状を1枚いただきました。”馬”という文字を逆さにした文字のことで縁起がよいとされています。”うま”を逆さから読むと「まう」と読めます。「まう」はおめでたい席上で踊られる「舞い」を思い起こさせるため福を招く縁起のよいものとされています。こちら
芸者さんたちの三味線の胴にもこの左馬の文字が書かれていたそうです。馬は寝るとき右倒れになり、絶対左倒れにならないということから、「寝やすい方には寝ない」つまり「芸を売っても身は売らぬ」と言う心意気を示したといいいます。それが「格好いい」「粋だ」というところから「縁起がいい」の意味になったと思われます。
左馬(頭が右、尻尾が左)の絵を描いた茶碗を使うと「中風」にならないと言われています。由来についてははっきりしませんが、これも馬は左に倒れないということから、倒れず、寝込まないということから転じたものだと考えられます。
焼き物の世界では新しく作られた窯に火を入れるときは、作品が途中で倒れないで無事に焼けますようにと願って、左馬を描いたものを焼くそうです。
vol 62
2002/1/14〜1/20
先日、遅い初詣に行って招き猫を購入いたしました。招き猫といってもいろいろな種類があり選択するのに困った経験はありませんか?招き猫の挙げている手には左右あり、それぞれに意味があります。右手が 福(金)を、左手が人(客)を招くといわれ、手を高く挙げていればいるほど遠くの福を呼ぶそうです。両手を挙げているものもあり、昔は「お手上げ」を意味し嫌われたようですが、現在では「一挙両得」として歓迎されているようです。色にも意味があり、白は福を、金は金運、黒は厄除けといわれています。
招き猫の由来にはいろいろな説がありますが、東京の豪徳寺の説をご紹介します。江戸初期、彦根藩城主、伊井直孝が鷹狩りにでかけたときのことです。豪徳寺の門前にさしかかると、一匹の猫(たま)が右手をあげて、まるで人が「おいでおいで」しているように見えたというのです。誘われるように寺の中に入った途端、激しい雷雨になり、猫のおかげで雨にもぬれこともなく雨宿りできたようです。豪徳寺は、これが縁で彦根藩の菩提寺となり、大いに栄えたようです。
(参考)
招猫倶楽部のHP 
こちら
vol 61
2002/1/7〜1/13
スーパーなどでにはたくさんの乳製品が並んでいますが、この乳製品は、近代になてから日本に入ってきたと思っていませんか?
実は古く日本でも作られていたのです。日本での牛乳使用は、大化改新(645年)のころにさかのぼります。百済の帰化人医師 知総 の息子福常が日本に搾乳技術を伝え、古代乳製品を作ったとされています。牛の乳を加熱濃縮してクリームチーズのような乳製品「蘇」を作り、これを精製してバターのような乳製品「醍醐」を作ったとされています。これらの乳製品は、貴族階級の人たちの栄養源となり、特に、醍醐は味としても最上であったことから、最高に美味しいものに対して「醍醐味」といわれるようになりました。仏教などでは、悟りの最高の教えのたとえとして使われています。しかし、乳製品を口にしたのは貴族だけで貴族社会の衰退とともに、乳製品は姿をけします。再び登場するのは1790年徳川吉宗の時代です。
ちなみに醍醐天皇は「醍醐」という乳製品の名前を用いて仏教を信仰したそうです。

vol 60
2001/12/31〜1/6
今年も残すところ後1日になりました。今年一年本当にありがとうございました。来年もどうぞ、よろしくお願い致します。それでは皆様、良いお年をお迎え下さいませ。
初詣の参拝客の多いのは東京の明治神宮ですね。明治神宮は明治天皇を祭るために大正4年から5年の歳月をかけてつくられたものです。面積は約72ha(東京ドーム52個分)で、
そのうち約3/4は森になっています。自然の森を切り開いて造られたように見えますが、実は人工の森です。元々は大部分が畑と野原だったところです。そこに全国からの献木365種類10万本が植えられたのです。ただ単に木を植えただけでなく、100年後には人の手を加えなくてもすむ森(天然更新)、天然林になるように計画されて植えられたものです80年を経過した今、予想通りに進んでいることは驚きです。現在は247種類に減ってしまったようですが、当時の10万本から今では17万本に増えていて、世界的に注目を集めています。
(参考)
明治神宮のHP 
こちら
vol 59
2001/12/24〜12/30
世界三大珍味といえば、フォアグラ、キャビア、トリフです。トリフはヨーロッパの特産品だとばかり思っていましたが、日本でも採れるようです。国内では京都府をはじめ青森、鳥取、岩手、などで見つかっています。先月の新聞によると山口県美東町(秋吉台)の商工会の探索会でも掘り出されています。
トリフは石灰岩地帯で樫や楢などの根っこに自生する食用キノコです。日本では西洋ショウロと呼ばれ、石ころのような形をしています。南フランスのペリゴール地方の黒トリフ、イタリアのピエモンテ州のアルバ産の白トリフが有名で、秋から冬にかけて収穫されます。人口栽培は不可能であるため、1kg 30万円もするようです。中でも、黒トリフは「黒いダイヤモンド」と呼ばれる高級キノコです。日本の松茸とは違い、トリフは土中に生えるため見つけにくく、ブタや犬の嗅覚で探しているようです。この場合豚は雌ブタに限るそうです。
トリフを生のままスライスしてサラダやスパゲティ、オードブルにのせたり、ソースの香りづけに使われます。また、オムレツ、フォアグラ料理などにも用いられます。

(参考)
GFCのHP
 こちら
vol 58
2001/12/17〜12/23
今やクリスマスのサンタクロースのイメージは世界で統一したイメージですが、20世紀初めまではサンタクロースのイメージは国によってさまざまでした。
クリスマスイブに白ひげの赤い服を着たサンタクロースが、トナカイに乗り、エントツから家に入り、子供たちの靴下に贈り物を入れてくれるという話は、1822年、クレメント・ムーアが自分の子供たちのために書いた「クリスマス前夜」という詩の中から生まれたものです。この詩からさまざま人がイラストを描きました。その中でもトーマス・ナントが描いた「ハーパース・ウィークリー」の表紙のサンタさんは人気がありました。(1862年〜1886年)
サンタクロースをより身近な存在にし、等身大のサンタクロースにしたのは、1931年、コカコーラ社がクリスマスキャンペーンに、ヘイドン・サンドブルムの描いたサンタクロースを起用したのがきっかけです。その後、35年間毎年描き続け、世界中にサンタークロースのイメージを浸透させました。

(参考)
Who's Santa Claus?のHP こちら
vol 57
2001/12/10〜12/16
クリスマスが近づきフランス料理などを予約なさっている方も多いと思いますが、フランス料理はイタリアの大富豪メディチ家との縁組によって発展したものです。1533年フイレンツェの大富豪メディチ家のカトリーヌがフランス王アンリ2世に嫁いだときに、花嫁道具として、数人の腕のよい料理人を連れて行き、同時に、多くの香辛料、それまでにフランスになかったフォークを持参しました。この婚姻により、フランス宮廷の食事のマナーの改革、さまざまなスパイスを使った料理、シャーベットなどのデザートなど最先端の料理技術がフランスに伝えられました。
その後、現在のフルコースの原型が出来上がるのは、ルイ14世(在位1643〜1715年)の時代です。フランス絶対王制の最盛期でベルサイユ宮殿で贅をつくした生活をしていたころです。そしてフランス革命(1789年)で、ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの処刑によって革命が終わると、貴族たちに雇われていた多くの腕の良いシェフが職を失い、街にレストランを開きました。こうして貴族のフランス料理が一般市民の中に広がってゆくことになります。

vol 56
2001/12/3〜12/9
遺伝子組換え食品は、2001年4月から表示が義務づけられましたが、どんな食品に表示されているかご存知でしょうか?表示は、遺伝子組み換え使用不分別(分別処理していない)、不使用です。
表示制度は
とうもろこしと大豆の加工食品の24品目にだけに限られていて、醤油、油などの11品目などには表示義務はありません。表示義務のある24品目の場合でも、原料の上位3品目までで重量比5%以上でなければ表示されません。その基準に満たないものは表示しなくてもよいことになっています。また、家畜の飼料に遺伝子組換え作物が含まれていても、その肉、卵、乳製品についても表示は免除されています。現実、遺伝子組換え作物が、表示対象に回されているのは2割ほどで、大半は、表示義務のない食用油用・家畜の飼料に回されています。現状では、遺伝子組換え食品を完全に避けることは難しいようですね。イギリスでは、遺伝子組換え食品をフランケンシュタイン食品と呼んでいるそうです。
vol 55
2001/11/26〜12/2
紅葉のきれいな季節になりましたね。
よくテレビドラマなどに登場する東京のイチョウ並木のトンネル。実際にみたことはないのですが、とても気に入っています。特に、夕暮れ時、落ちたイチョウの葉で地面が見えないほどになっているワンシーンがいいですね。
このイチョウ並木は東京の神宮外苑にあり、秋を代表する名所として有名です。道路をはさんで、2本づつ、全長300m、合計128本のイチョウは、みんな1本の木を母とした兄弟木(樹齢約90年)です。新宿御苑にある木が母の木で、そこから育った木から形のよいものを選んで、イチョウの並木の入口ほど高いものを植え奥行きをだしているそうです。その後も定期的に、剪定をほどこされているので、現在のような見事な円錐形を保って、まるで絵画のような風景をみせてくれています。先人たちの英知の賜物ですね。
見頃は11月下旬から12月上旬とのことです。一度テレビで見るだけでなく実際に金色のトンネルをのんびり散策したり、ベンチに腰掛けてみたいですね。いつになることやら?
(参考)東京散歩友の会のHP こちら
vol 54
2001/11/19〜11/25
イタリア料理の前菜「カルパッチョ」は、よく雑誌で紹介されています。
薄切りにした生肉の上に、オリーブオイル、レモン汁、塩、胡椒で味付けし、ルコッラとパルメザンチーズなどをのせたものです。簡単にいえばイタリア風の刺し身のことです。
このカルッパッチョは、1950年イタリアのベネチアの有名なレストラン”ハーリーズ・バー”で生まれました。お医者さまから加熱した肉を禁じられた常連客の伯爵夫人のために考えだされた特別料理です。オーナーは、薄切りにした牛肉にマヨネーズソースを網目状にかけた料理を作ったのが始まりです。料理の名は、ベネチア出身のルネッサンス期の画家ヴィトーレ・カルパッチョにちなんだものです。彼の画風は赤と白の色使いが美しかったからのようです。
その後、カルパッチョは、牛肉に限らず「薄く切った生もの」を意味する料理名へと変化していきます。ソースもいろいろアレンジされるようになり、食材とソースの組み合わせだけで実にさまざまなカルッパッチョが楽しめます。家庭でも簡単にできる上、見た目もとても豪華な料理なので人気があります。

(参考)Arts at DorianのHP こちら
vol 53
2001/11/12〜11/18
町では「ボジョレ・ヌーボーの予約」の張り紙が目に付くようになりましたね。ヌーボーは、世界的に売り出す日が決められ、11月の第3木曜日(今年は11月15日)が解禁日です。ボジョレ・ヌーボーの「ヌーボー」は、フランス語で「新しい」という意味で、フランスのボジョレー地方で作られた新酒のことです。その年のブドウを収穫してつくり、その年の暮れに売り出す出来立てのワインのことです。ボジョレーでは、その年の品質を見極めるために、生産者たちが、11月の新酒を試し飲んだのが始まりです。収穫を楽しむ、お祭り的な意味あいがあるようです。
普通のワインは何年か寝かせて飲むのですが、特殊な方法で作られるため、6週間ほどでワインを造ることができます。マセラシオン・カルボニック製法(炭酸ガス浸潤法)と呼ばれるもので、ブドウをつぶさず、自然に発生する炭酸ガスを使って発酵させます。この方法のおかげで色が濃いわりに渋みが少なくフルーティーなワインに仕上がります。できれば年内に飲まれたほうが味がおちないようです。
vol 52
2001/11/5〜11/11
先月の最高裁の判決で、「ういろう」(外郎)は固有名詞でなく普通名詞であると確定されました。CMなどにより、名古屋だけの名物と思っていましたが違っていたようです。山口、小田原でも名物となっています。
外郎は、中国の官職名に由来しています。今から約600年前、足利義満(室町時代)の時代に、元の礼部員外郎の職にあった陳宗敬(ちんそうけい)が日本に亡命し、「透頂香」(とうちんこう)という秘薬を日本に伝えました。日本では「外郎薬」と呼ばれていました。この薬が苦かったため、禁裏に献上する祭に、口直しとして添えたのが、黒砂糖と米粉で作った菓子「外郎」だったといいます。また、「外郎」の色、形が、この薬に似ていたからという説もあります。その後、陳の子孫は姓を外郎に改め、小田原に移り住んで、薬とお菓子を扱っていました。そのお菓子が、山口、名古屋に伝わった「ういろう」のルーツです。
最高裁の判決では、もはや、「ういろう」は特定の店のものではなく、菓子の一種を示すものだと判断されました。
vol 51
2001/10/29〜11/4
11月1日は紅茶の日です。数年前に映画化された「おろしや国酔夢譚」の主人公、大黒屋光太夫がロシアで紅茶をいただいた日です。
大黒屋光太夫は伊勢の商人で、1782年船が難破し、ロシアのアリューシャン列島にたどりついたのですが、帰国を許されず、ロシアに10年ほど過ごすることになります。日本への帰国の許可を得るためにロシアの首都ペテルブルクを目指し過酷な旅を強いられます。1791年11月1日、エカテリーナU世に謁見がかない、正式に帰国の許可を得ることができました。その時に、いただいたものの中に紅茶が含まれていました。これにちなんで、1983年日本紅茶協会が紅茶の日を設定したものです。
大黒屋光太夫がエカテリーナU世のティーパーティーに招かれたということも考えられますが、史実として確認できていないようです。
日本に無事帰国できたのは、17人中3人だけで、大黒屋光太夫は帰国しても故郷に帰ることが許されず、香町の薬園で一生を終えることになりました。
(参考)「おろしや国酔夢譚」井上靖著 





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