食材全般



◇茄子一個一両 ◇河豚には肋骨がない
『左ヒラメに右カレイ』 ◇海のミルクと言われる貝
◇幻の鮭「鮭児」 ◇模造真珠・マニュキュアの原料になる魚
◇無洗米の製法 ◇パプリカ・ピーマンは唐辛子の仲間です
◇マシュマロは古代エジプトの薬用の食べ物 ◇じゃがいもの花を髪飾りとしたマリー・アントワネット
◇ヨーロッパの春を告げる野菜 ◇河豚の隠語
◇インドネシアの納豆 ◇茗荷を食べると物忘れがひどくなる
◇シュガーメープルの樹液は甘い ◇オリーブオイルはオリーブのジュース
◇江戸時代のベストセラー本『豆腐百珍』 ◇レモンと壊血病
◇寒天の由来 ◇毒があると思われていたトマト
◇ソラマメ ◇昆布と北前船
◇『ふきのとう』と『ふき』 ◇杏仁豆腐の杏仁の意味
◇神様の食べ物 ◇チョロギは脳梗塞や痴呆症に効果
◇河豚の由来 ◇日本料理の香味料「柚子」
◇栗の薬効 ◇無花果(イチジク)は花が咲きます
◇生そばと二八そば ◇栄養価の高いパプリカ
◇葵の御紋ときゅうり ◇『大地のりんご』と呼ばれているもの
◇エスカルゴは害虫 ◇”たけのこ” と薩摩藩
◇小倉百人一首に詠まれている藻塩 ◇「ぶり」と「はまち」は同じ魚です
◇トリフは日本でも採れます ◇人工イクラ
◇土用の丑の日にどうして鰻をたべるの? ◇美食家ルイ14世の料理の隠し味
◇料理店の”盛り塩”の意味 ◇鮎も川を上ります
◇銀杏の殻を簡単にとる裏ワザ ◇ブームになっている”柚子こしょう”



茄子一個一両
茄子がとても美味しい季節になりました。茄子は縁起がいいものとして知られています。
『一富士、二鷹、三茄子』とあるように、初夢で、富士、鷹、茄子の夢をみると大変縁起がいいとされています。どうして茄子が登場するのか。疑問をもたれたことありませんか。
茄子の原産地はインド東部でもともと暑い国の野菜です。ハウス栽培の技術がなかった江戸時代、相当な労力と手間隙かけなければ冬に茄子を栽培することは難しかったようです。油紙を張った障子で苗をおおい、馬ふんなどの発酵熱を利用して促成栽培していた。このように栽培された初物の茄子は、縁起物として珍重されました。初物の茄子は当然値段が高く、茄子一個が一両もしたといいます。江戸時代、正月に初物の茄子を食べるのは、最高の贅沢で、庶民には高嶺の花だったわけです。だから、初夢に茄子が登場することは縁起が良いとされていたのです。
ちなみに、『一富士、二鷹、三茄子』には続きがあります。『四扇(おうぎ)』、『五煙草(たばこ)』『六坐頭(ざとう)』と続くそうです。


河豚には肋骨がない
高級魚で知られている「河豚」は、とても不思議な魚です。河豚は他の魚のように速く泳ぐことができないため、身の危険を感じると口から大量の水を吸い込み体を風船のように膨らませます。吸い込む水の量は、体重の2倍以上といいますから驚きです。そのため、河豚には膨れるときに邪魔にならないよう肋骨がありません。肋骨がないため、内臓を守るために発達したのがコラーゲンを多く含む固い身です。これが食したときに他では味わえない歯ごたえの秘密です。河豚のお刺身はお皿の絵柄が透けるほど薄く造るのは、身が締まっていて薄くないとよく噛み切れないためです。つまり、薄造りは河豚の旨味を最大に引き出す調理法なのです。
河豚は毒がある魚として有名で、料理するには免許が必要です。この毒は「テトロドトキシン」という毒で、河豚自ら体内で作りだしたものでなく、毒をもった餌を食べて体に蓄積してできたものです。毒がない餌を食べて育った養殖の河豚は毒をもっていません。でもこれを調理する場合でも、もちろん資格を持った人でなければなりません。
(参考)UNDER THE GREENのHP こちら

『左ヒラメに右カレイ』
高級魚として知られているヒラメは、カレイと姿形がよく似ています。
今回はヒラメとカレイの違いのお話です。
『左ヒラメに右カレイ』というように、カレイとヒラメは目の位置の違いで見分けられることは広く知られています。体が右側に倒れて左右の目が体の左側に集まっているのがヒラメで、その逆がカレイです。例外もあります。
例外なく区別するには、食性の違いから判断がつきます。ヒラメは肉食で小魚を食べるため、口が大きく鋭い歯でどう猛な顔です。カレイは虫を食べるためおちょぼ口でやさしい顔が特徴です。一般的にヒラメは刺身、カレイは煮付けといわれています。これはヒラメの方がカレイよりたくさん泳ぎ回るため、筋肉が引き締まっており、火を通すと硬くなってしまうためお刺身で食べられることが多いです。
他にも見分けるポイントがあります。ヒラメは外的から身を守るため体の色を周りの色に合わせて変化しますが、カレイは色を変えることができないため、砂の中に潜って身を守ります。そのため、目が飛び出ています。ヒラメ(平目)は字のごとくです。

(参照)山口県漁港のHP こちら こちら

海のミルクと言われる貝
冬の味覚といえば牡蠣。気温がぐっと冷え込んでくると、牡蠣のおいしい季節になります。
ヨーロッパでは「Rのつかない月(5〜8)に牡蠣を食べるな」、日本でも「花見を過ぎたら牡蠣食うな」といわれています。この時期は牡蠣の繁殖期にあたり、身がやせて味が落ちることと、高温で腐敗しやすくなるためです。
牡蠣の味はもちろんだが、魅力はなんといってもその栄養の豊富さです。別名、「海のミルク」と呼ばれるほど栄養価の高い商品です。
食用としての歴史は古く、日本では縄文時代の貝塚から牡蠣の貝殻がたくさん発見されていることから、この頃から食用とされていたと考えられています。ヨーロパでは、古代ローマ時代から珍重され養殖も行われていたようです。その味覚は、ビスマルク、文豪バルザック、ナポレオンをも虜にし、ジュリアス・シーザーは牡蠣のために戦争さえ起こしたと言われるほどの牡蠣好きだったそうです。
魚介の生食を嫌うヨーロッパにおいて、牡蠣は例外的な食材で、生牡蠣はフランス料理の定番のオードブルとなっています。

幻の鮭「鮭児」
今回は幻の鮭「鮭児」のお話です。日本人になじみの深い鮭は川で生まれ、海で成長し、そのうち8割が生まれた川に戻ります。食卓に並ぶ鮭の多くは産卵のために日本の川に戻ってきたものを沿岸で捕獲したものです。その時に、未成熟の鮭が稀に混ざって捕れることがあります。これが「鮭児」です。
鮭児はその名のとおり鮭の子供で、遺伝的にロシア北部のアムール川の生まれだと考えられています。産卵のために帰ってくる鮭と違い、魚体は小さく、卵巣も白子も未成熟でありながら、身の脂ののりはマグロで言う大トロに値しとても美味しいそうです。漁獲量は非常に少なく、1万本に1本程度。1匹に10万円の値がつくこともある鮭の高級ブランドです。通常の鮭と見分ける箇所は、腹を開けて胃袋の下側に幽門垂の数が220個程度あれば鮭児であるとか。普通の鮭は、大きくて立派な風貌の方がおいしく重宝がられるものですが鮭児の場合は体が小さいほどおいしいといわれています。いつか食べてみたいと思っているのですが。。。
(参照)NICHIROサーモンミュージアムのHP こちら   知床三佐ヱ門本舗のHP こちら

模造真珠・マニュキュアの原料になる魚
秋が旬である太刀魚(タチウオ)は体が刀のように長く銀色に光っている魚です。太刀魚は体長1.5mでするどい歯を持ち、ウロコがなく、体の表面はグアニンという銀色の色素で覆われています。他の魚にもこのグアニンはありますが、太刀魚にはウロコがないのではっきりした銀色に見えます。模造真珠、マニキュアの中に入っているラメを作る原料として、大変に有名です。
日中は深さ200mほどの海底にいますが、日没後、餌を獲るため海面近くまで浮上します。泳ぎ方がとてもユニークで、頭を上に尾を下にし、まるで立っているように垂直に泳ぎます。名前の由来も立っているようだから、「立ち魚」という説と姿かたちが太刀に似ていることから、「太刀魚」という2つの説があります。また、通常の垂直移動のほか、産卵と越冬のために年2回の大移動、急いで泳ぐときは、体をうねらせながら水平に泳ぎます。
(参照)東海大学海洋科学博物館のHP こちら
   東信水産株式会社のHP こちら

無洗米の製法
最近、スーパーで『無洗米』という米をよく見かけるようになりました。どうしてお米を洗わなくてもよいのか。化学薬品が入っているのではないかなど疑問があります。
普通の白米の表面には精米機では取りきれない粘性のヌカが残っています。これは肌ヌカと呼ばれ、お米をとぎ洗いすることで肌ヌカを洗い落とすことができ、おいしいご飯を炊くことが出来ます。無洗米はこの肌ヌカを取ったもので、お米をとぐ必要がありません。水を入れてそのまま炊くだけで、おいしいお米が炊けます。寒い冬に手でお米をとぐのはとても辛いですが、とがずに炊けるのはとても便利です。また、水道代が節約できます。
無洗米には4つの製法があります。
 1)湿らせたお米にヌカで取り除く方法
 2)湿らしたお米にタピオカつけて取る方法
 3)お米を水で洗い落として乾燥させる方法
 4)ブラシで米をこすって取る方法

どの製法でも化学薬品の使用がないため安全食品かと思いますが、製法によっては日持ち、美味しさなどに疑問が残るものがあります。購入時には製造方法のチェックが必要かと思いますが。。。
(参照)14NJ のHP こちら  東洋精米機HP こちら   潟TタケHP こちら    潟NリキHP ちら

パプリカ・ピーマンは唐辛子の仲間です。
唐辛子は七味唐辛子、豆板醤、カレー粉、チリソース、タバスコなどに用いられ、世界中で愛用されている調味料です。
原産地の中南米では紀元前から食用として利用・栽培されてきました。このスパイスが中南米以外の地で知られるようになったのは、1493年、新大陸を発見したコロンブスにより紹介されたのがはじまりです。その後、世界中に広まり、日本へは16世紀半ば、鉄砲とともにポルトガル人が伝えた説が有力です。漢字で唐辛子と書くことから中国から伝わったかのように思われがちですが、実は中国に唐辛子が伝わったのは日本より後で、明の時代(17世紀半ば)になってからです。
世界中に広まった唐辛子は、各地の気候・風土によってさまざまの品種改良がされ、現在、2000種以上あると言われています。辛味種には鷹の爪、八房、ハバネロなど。甘味種には、ピーマンやパプリカ、ししとう、万願寺とうがらしなどがあります。ちなみに、万願寺とうがしは、伏見とうがらしとカリフォルニア・ワンダーの交雑種として生まれたもの。パプリカはハンガリで品種改良されたものだとか。

マシュマロは古代エジプトの薬用の食べ物
ふわふわしたとても可愛らしいマシュマロの歴史は、とても古く古代エジプトまで遡ります。元来、マーシュマロウという植物の根からとれる粘液に卵白、砂糖を混ぜて作られたもので、薬用として利用したのが始まりです。
マ−シュマロウは草丈1mほどで、ビロードのような葉をつけ薄紅色の花をつけます。属名は「治療する」という意味です。マーシュマロウの根の成分が喉や胃腸の粘膜に作用し炎症を抑え痛みを減少させる効果があるため、お菓子のマシュマロが作られる前から、薬用の食べ物として食されていました。
19世紀頃になると、フランスやドイツの菓子職人によってマーシュマロウの樹液の代わりにゼラチンを使う作り方に改良され現在のようなマシュマロができあがりました。
マシュマロはヨーロッパ生まれのお菓子ですが、今では世界中で食べられています。日本ではそのまま食べられますが、海外では焼いて食べたり、コーヒー、ココアに浮かべて食べられています。
(参考)マシュマロウの詳細 こちら

じゃがいもの花を髪飾りとしたマリー・アントワネット
じゃがいもの原産地は南米アンデス高原です。16世紀にヨーロッパに伝えられたじゃがいもは、当初、食用でなく観賞用として栽培されていました。エリザベス女王がじゃがいもの芽を食べてソラニン中毒にかかったことから、じゃがいもには毒があると広く信じられ、人々は口にしようとはしませんでした。
評判の悪かったじゃがいもを世に広めたのは、ドイツのフリードリッヒ大王です。当時、ドイツは30年戦争と大飢饉に襲われていました。栽培期間が短く冷害に強いじゃがいもに目をつけた大王は、強引に栽培させ普及につとめ、飢饉からドイツを救いました。マリ−・アントワネットの髪飾りとしてじゃがいもの花を着けさせたことも、フランスにじゃがいもを広めるための策略だったといいます。
日本へは1600年頃、ジャカルタを拠点にしていたオランダ人によって伝えられたのが始まりです。じゃがいもの名前はジャカルタから持ち込まれた当時、「ジャガタライモ」と呼ばれていたことに由来しています。

ヨーロッパの春を告げる野菜
今が旬のアスパラは南ヨーロッパが原産地で、2000年以上前から栽培されていました。当初、食用というよりは利尿剤や鎮静剤などの薬用として用いられていたようです。日本へは江戸時代、出島のオランダ人が鑑賞用として伝えたのが始まりといわれています。食用になったのは明治になってからです。最初は加工用のホワイトアスパラガスの栽培が主流でしたが、現在では、栄養価のより高いグリーンアスパラが主流になっています。
アスパラにはグリーンアスパラとホワイトアスパラがありますが、これは品種が違うわけではなくて、栽培方法の違いによるものです。グリーンアスパラは若芽を日光にあてて育て、ホワイトアスパラは土を盛って日光にあてないように育てたものです。
ヨーロッパでは、アスパラといえばホワイトアスパラをさします。フランスでは春を告げる野菜“春の宝石”、ベルギーでは“貴婦人”とも呼ばれ、アスパラ専用の食器や道具があるほどホワイトアスパラは特別な野菜だとか。

河豚の隠語
河豚ちり鍋のことを『てっちり』といいますが、どんな語源があるかご存知でしょうか?
てっちりの『てつ』は鉄砲の鉄からきています。河豚には毒があり「当たったら死ぬ」ことから、河豚のことを『鉄砲』と呼んでいました。これは河豚の食用が禁じられた頃、関西で使われていた隠語で、その当時、大きな声で「今日は、寒いから河豚鍋でも食べようか」とはいえなかったようです。つまり、「てっちり」というのは「鉄砲ちり鍋」のことで、「てっさ」は「鉄砲の刺し身」を略したものです。
豊臣秀吉の朝鮮出兵のおり、兵士たちが河豚に当たって命を落とす者が続出しました。それを聞いた秀吉はその食用を禁じました。これが日本における最初の河豚の食用禁止の始まりです。江戸時代、武士は中毒死すると家禄没収の厳罰が下りたそうですが、一茶や芭蕉が河豚を詠んだり、落語のネタや浮世絵の画材にされたように禁令をくぐって広く食用されたようです。
河豚の食用を解禁したのは伊藤博文です。下関の料亭春帆楼を訪れた際、時化(しけ)のためお出しする魚がなかったため、禁令を承知の上で河豚を出したところが、博文公はこんな美味しいものを禁止するのはおかしいということで解禁になったそうです。


インドネシアの納豆
健康食ブームのなかで、インドネシアの納豆『テンペ』が話題を呼んでいます。
テンペとは、ゆでた大豆を『テンペ菌』で発酵させた食品で、インドネシアでは数百年前から庶民に親しまれている伝統的な大豆発酵食品です。製造方法が納豆に似ていることから『インドネシア納豆』とも呼ばれています。
納豆と聞くとあの匂いや粘りが苦手 という方が少なくないのですが、テンペは匂いも粘りもないので調理しやすく食べやすいので人気があります。茹でた大豆を固めたような板状の食品で、スライスして、煮たり、焼いたり、揚げたりして食べます。味は味付けをしていない茹でた大豆の味そのままですので、濃い目の味つけが合うようです。
テンペは納豆より栄養価が高く、更年期障害の緩和、コレステロール値の低下、 血栓防止、動脈硬化の改善、ガン予防、高血圧予防、 便秘の解消、糖尿病予防などに効果があり健康食品として注目されています。
(参照)CitaCitaのHP
 こちら

茗荷を食べると物忘れがひどくなる
そうめんや冷ややっこの薬味に利用される茗荷。原産はアジア東部、中国で、平安時代の「延喜式」にも登場するほど古くから日本人に好まれている香辛野菜のひとつです。
茗荷を食べると『物忘れがひどくなる』という俗説がります。もちろん科学的根拠はありません。それにはこんな逸話があります。昔、お釈迦様の弟子の中に周梨槃特(しゅりはんどく)という人がいました。彼は仏道に優れ悟りまで開いた人物でしたが、たいへん物忘れがひどく、自分の名前を忘れるほどであったといいます。それを見かねたお釈迦様は彼の首から名札を下げさせました。死後、彼の墓所に見知らぬ草が生えました。名前を荷(に)なって歩いていた槃特にちなみ、この草は「茗荷」と名づけられたそうです。
茗荷の物忘れ説はよほど日本人のお気に入りなのか落語のネタにもなっています。茗荷を食べさせて大金の入った荷物を忘れさせようと悪巧みをした。が、結局、客は荷物を忘れずに宿代を忘れて出ていってしまったと言う小話。(茗荷宿)


シュガーメープル(砂糖カエデ)の樹液は甘い
ホットケーキに欠かせない琥珀色のメープルシロップ。どんなものから作られているかご存知ですか?砂糖カエデの樹液を煮詰めて作られたものです。カナダの国旗に描かれているメープル(楓)が砂糖カエデのことで、世界のメープルシロップの生産量の85%がカナダ産です。カナダが建国するずっと以前から先住民が木々の樹液を吸っているリスを見て食用に使い始めたのが最初だといわれています。その後、18世紀、この地に渡ってきた白人たちにも伝えられ、今ではカナダの特産品として有名になっています。
この樹液は早春のごく限られた時期にしか採取できないもので、40リットルの樹液からたった1リットルのメイプルシロップしか作ることができない貴重なシロップです。ミネラル分を豊富に含みカロリーは砂糖の2/3と低いので、健康と美容に、また、独特の香りには精神安定とストレス解消の効果があります。添加物を一切含まない天然の甘味料なので健康食品として注目されています。
(参考)オールドカントリーローズのHP こちら

オリーブオイルはオリーブのジュース
イタリア料理に欠かすことの出来ないオリーブオイル。オリーブオイルはオリーブの木の実から搾られた果汁です。つまり、オリーブオイルはオリーブのジュースのことです。植物油のほとんどが種子から採りますが、オリーブオイルは果汁から採れる唯一の油です。オリーブオイルは古代ギリシアより食用としてまた傷薬、便秘薬、肌のマッサージ用オイル、ランプ油などに利用され人々の生活に欠かせないものだったようです。最近では、オリーブオイルを多用する地中海沿岸の人々に心臓や血管の病気が少ないことから健康食品として人気があります。
オリーブオイルには多量のオレイン酸、ビタミンEを含み動脈硬化や心臓病の予防、老化防止などに効果があります。また、酸化した油には下痢や腹痛、動脈硬化の原因となるコレステロール増加などの問題を起こす成分が含まれますが、オリーブオイルは酸化しにくく、この危険性がありません。サラダやマリネなど生でとればもちろんですが、加熱 しても酸化しにくいので揚げ油にも適しています。
(参考)オリーブの実を使った料理
 こちら


江戸時代のベストセラー本『豆腐百珍』
今年の夏はとても暑くなりそうですね。食欲のない夏にはお豆腐料理がお薦めです。
豆腐は奈良時代に中国から伝わり、最初は僧侶や貴族などの特権階級によって楽しまれたそうです。庶民の間に広まったのは江戸時代になってからです。
天明2年(1782年)に出版された豆腐料理のレシビ本『豆腐百珍』は爆発的な人気を呼び、続編(138種類)、続々編(40種類)まで出版されるほど江戸時代は豆腐料理が盛んに作られたようです。
『豆腐百珍』は、
醒狂道人何必醇(すいきょうどうにんかひつじゅん)が著したもので、100種類の豆腐料理を紹介しています。面白いのは豆腐料理を、尋常品(26)、通品(10)、佳品(20)、奇品(19)、妙品(18)、絶品(7)など6種類に分類していることです。小倉豆腐、空蝉豆腐、かすてら豆腐、鞍馬豆腐・結び豆腐など・・・・・・興味深く、味わってみたい料理が多数掲載されています。
いろいろな味わいが楽しめる豆腐料理。1つでもレシビ増やしてみませんか?
(参考)東京都立図書館 こちら    豆腐屋ドットコムのHP こちら

レモンと壊血病
大航海時代、船乗りたちが海賊以上に恐れていたものは壊血病です。壊血病はビタミンC不足が原因で血管がボロボロになり、最終的には死に至る恐ろしい病気です。マゼラン海峡を発見したマゼランの船隊もこの病気の犠牲となり、280名のうち3年後に帰還できたのはわずか18名だったといいます。
1747年、イギリス海軍医ジェームス・リンドが野菜や果物をほとんど口にしなかった下級乗組員の発症がひどいことに気がつき、オレンジやレモンなど与えたところ仕事ができるほど回復したと言います。その後、リンドの発見により、航海にはレモン・オレンジなどの果物を持ち込むのが常識となりました。中でも、キャプテン・クックは通算10年におよぶ航海の中で、壊血病による死者を1人もださなかったことで有名です。塩漬け野菜、果物を十分に積み込み、寄港地では新鮮な野菜をたっぷり補給して壊血病を予防したそうです。

(参照)レモンを使用した料理 こちら こちら

寒天の由来
寒天の原料になるところてんは、奈良時代、中国から伝えられましたが、寒天は江戸時代に入ってから偶然発見されたものです。
天保4年(1647年)冬、薩摩藩主の島津公が京都伏見の本陣「美濃屋」に宿泊しました。島津公にもてなしにだされたところてんが残ったので戸外へ出しておいたところ、夜の寒さで凍り、数日後には、白い乾物になっていました。美濃屋の主人太郎左衛門はこれを見つけて、煮溶かしたところ透明で癖がなく美味しかったことから、工夫を重ね製法を編み出したことが始まりだとか。その後、美濃屋の名物料理になり話題になったそうです。寒天の名前は当時、「ところてんの乾物」と呼ばれていましたが、隠元禅師が、寒い天(そら)の下で作られることから「寒天」と名付けたといわれています。
寒天は今でも工場生産ではなく手作りです。ところてんを厳寒の戸外に並べて、約ニ週間凍結と乾燥を繰り返させて作るそうです。

毒があると思われていたトマト
トマトが美味しい季節。原産地のアンデス高地からヨーロッパに伝えられた当時は、毒があると信じられ鑑賞用として栽培されていました。トマト特有の香りと鮮やかな色のせいか毒があるとの印象が強く、長い間、有害な植物と誤解されていました。トマトがヨーロッパに入ってから食用になるまでには、250年という長い時間がかかったとは驚きです。
ヨーロッパで最初に食べられるようになったのは、18世紀のイタリアです。度重なる飢饉のため、仕方がなく食べてみたところ美味しかったことから広まったといわれています。 アメリカでもトマトは、19世紀まで毒があると思われていました。1820年、ジョンソン大佐が200人ほどの民衆の前で食べて無害であることを証明しました。観客の中には恐ろしさのあまり、失神する婦人が続出したとか。
ちなみに、欧米では「トマトが赤くなると、医者が青くなる」と呼ばれるほど栄養価が高いといわれています

ソラマメ
暑くなるとビールが美味しくなりますね。
ビールの肴に人気のあるソラマメは、一年中手に入れることができる野菜が多い中、”季節感”を感じさせくれる野菜の1つです
日本には、奈良時代(736年)インドの僧が伝え、行基が初めて栽培したといわれています。 さやが空に向かって成長することから「空豆」と書きます。またさやの形が蚕に似ているから、蚕が繭を作る頃に美味しくなることから「蚕豆」という字が使われることもあります。
ソラマメは塩ゆでにして食べることが多く、他に煮豆や甘納豆、フライドビーンズにされます。また、四川料理に欠かせないトウバンジャン(豆板醤)は、ソラマメが原料。ソラマメでつくったみそにトウガラシを加えたものです。ソラマメを美味しく食べるには、加熱し過ぎないことまた、塩ゆでにする前に皮を少し切っておくと皮がしわになりにくくなります。ちなみに、TIFFANYの「ビーンズミニ」はそら豆をモチーフにしたネックレスです。
(参考)ソラマメを使ったレシビ 
こちら

昆布と北前船
富山には昆布を使った郷土料理が、数多くあります。昆布じめの刺し身・にしん昆布巻・昆布かまぼこなど。富山の昆布消費量は全国トップクラス。昆布のとれない富山になぜ北海道の昆布が根づいたかご存知ですか?
江戸時代、富山は北海道から昆布を輸送した北前船の寄港地であったため、昆布を使った郷土料理が数多く伝えられたようです。船の技術が発達し貿易が盛んになると、昆布が全国に広まりました。北前船の業者には富山の売薬商人が多く、売薬業のかたわら北前船で昆布を薩摩・琉球へも運びました。薩摩藩は昆布を琉球を通じて清国に密輸し、漢方薬の原料を輸入しました。薩摩に昆布を運んだ富山の売薬商人はその見返りとして清国の漢方薬の原料を購入。薩摩藩はこの密貿易で財政を立て直し、倒幕の資金となったのは有名なお話。北海道産の昆布が日本の歴史を動かす一因になっていたということは興味深いですね。

杏仁豆腐の杏仁の意味
中国料理のデザートとして有名な杏仁豆腐の杏仁はどんなものかご存知ですか?杏仁というのは、杏(あんず)の種の中の白い部分(仁)のことです。本来、杏仁豆腐は、杏仁をすりつぶして作られるのですが、通常は、それとよく似た香りのアーモンドエッセンスで風味付けした牛乳寒が多いそうです。杏は中国が原産で、日本には奈良時代に薬木として伝わり、「唐桃」と呼ばれていました。眼や耳を良くする薬として、また、下痢の治療薬、風邪の予防薬として使われています。中国では、お医者さんのことを別名、杏林と呼ぶそうです。その昔、中国の蘆山に董奉(とうほう)という名医がいて、貧乏人からは一切治療費を受け取らず、その代わりに、杏の苗を植えさせました。後年、家のまわりに杏の林ができたので、それ以来、良医のことを杏林と呼ぶようになったそうです。
(参考)ああ、麗しの杏仁豆腐のHP
 こちら

『ふきのとう』と『ふき』
雪解けのころ芽を出すふきのとう(蕗の薹)は、春の訪れを最初に告げてくれる山菜です。独得の苦味があり、最初は抵抗感がありますが、一度食べると病みつきになってしまう人が多いそうです。和え物、てんぷら、汁の実、ふき味噌などにしてほろ苦い春の味覚を味わうことが出来ます。
「ふきのとう」と「ふき」はまったく別の種類の植物と思っていましたが、実は同じ植物です。ふきのとうは、ふきの花のつぼみのこと。小さな花が集まってできていて、花が枯れたあとに葉が生長を始め、フキと呼ばれるようになります。
ふきのとうはそのままにしておくと茎が、30cmくらい伸びて硬くて食べられなくなってしまいます。ここから、盛りを過ぎたことを「薹が立つ」というようになったそうです。
(参照)食材事典のHP こちら  ふきのとうを利用したレシビ こちら

神様の食べ物
もうすぐバレンタインデー。チョコレートの歴史は想像以上に古く、紀元前2000年頃までさかのぼると言われています。この頃のメキシコでは、カカオ豆は「神様の食べ物」として珍重されていました。16世紀のアステカの王達は、不老長寿の薬として金のカップで1日50杯も飲んでいたとか。当時のチョコレートは、今とは違ってカカオ豆をすりつぶしたどろどろとした飲み物で、香りづけにトウモロコシの粉やバニラなどを加えて飲んでいました。カカオ豆は非常に貴重なもので、食べるだけでなく、通貨としても使われ、100粒で奴隷1人を買うことができたそうです。カカオの学名「テオブロマ・カカオ」とは、ギリシア語で「神様の食べ物」という意味です。
ヨーロッパ人で初めてチョコレートと出合ったのは、コロンブスだと言われていますが、お気に召さなかったのか、本国に持ち帰ることはしませんでした。チョコレートをヨーロッパに伝えたのは、スペインのフェルナンデス・コルテス将軍です。(1519年)

チョロギは脳梗塞や痴呆症に効果
チョロギとはどんなものかご存知ですか?よく黒豆の彩りに添えられるもので、赤い巻き貝に似た形をしたものです。脳の活性化の薬効が裏付けされ、脳梗塞や痴呆症に効果があるといわれ人気があります。チョロギは江戸時代に中国から伝わったシソ科の多年草で、巻貝の形をした根の部分を食用にします。チョロギという名前は、中国語の「朝露葱」を日本語読みにしたものです。また、おめでたい字をあてて”地代呂木” ”長老喜”とも書かれ縁起物としてお正月のおせち料理使われるようになったのだとか。赤色のチョロギは梅酢で赤く色付けしてありますが、生のときは白く、加熱するとゆり根のような味がするそうです。漬物・和え物・吸い物などにも使われます。また、中国から伝わったイギリスやフランスではクリーム煮、サラダに利用され好評だったようです。
(参考)
静岡県立大学薬学研究科のHP こちら  美葉のさんぽ道のHP こちら

河豚の由来
寒さもグッと増して、一段と鍋物の恋しい時期になってきました。今週は高級食材フグのお話です。フグは漢字で「河豚」と書きます。海でとれるのに「どうしてこのような漢字をあてられたのかご存知でしょうか?
「河豚」の字が生まれた中国では、河にフグがいたからです。4・5月に黄河や揚子江を産卵のために河を遡ってくるメフグという種類のフグを獲って春のご馳走としていました。そのフグの姿が豚に似ているから「河の豚」と書いて「河豚」と名付けて呼んでいたことが始まりだそうです。また別の説では、「豚」のように美味しい魚という説、フグがお腹を膨らませるときの音が「豚」の鳴き声に似ているからだという説もあるそうです。
「河豚」の文字が使われはじめたのは中国唐代以降で、日本には江戸時代に「河豚」の文字が輸入されました。日本ではフグは海にいますが、「海豚」という文字はすでに「イルカ」とついていたので、そのままの「河豚」にしたのかもしれませんね。
(参考)ふぐダスのHP こちら

日本料理の香味料「柚子」
柚子は山椒とともに、日本料理には欠かせない香味料です。中国の長江上流地域が原産地で、日本に伝わったのはかなり古く、奈良時代、朝鮮半島を経由して日本に入ってきたと考えられています。
柚子は酸味があり、加熱しても香りが失せないことから昔から珍重されてきました。皮は、薬味としてすりおろしたり、薄くそぎ落としたものを刻んで吸い物・茶碗蒸などに使われます。また、果肉をくりぬいて和え物などをつめる器として利用します。果汁は日本料理の香り付けや、酢として使う他に、柚子味噌、柚餅子(ゆべし)、柚子胡椒やマーマレードに加工するなどいろいろな利用方法があります。また、黄色い柚子の実には、邪気を祓う霊力があるとされ、冬至の日に、柚子を浮かべたお風呂に入ると一年中、風邪をひかないと言われています。皮に含まれる精油の効果で体を温め、肌荒れにもよいとか。これからの季節、柚子湯に入って疲れをとりながら香りを楽しんではいかがでしょうか。

無花果(イチジク)は花が咲きます
秋が旬のイチジクは、アラビア地方が原産で日本には江戸時代に入ってきました。昔はどの家の庭先にもあり、季節の味を楽しんだ身近な果物でしたが、今では高価な値がついてスーパーなどに並んでいます。イチジクは一見花が咲かずに実をつけるように見えることから、漢字で「無花果」と書きますが、実際には実の中に無数の白い花を咲かせます。また、1ケ月ほどで熟することから「一熟」イチジクと名が付いたようです。イチジクはアルカリ食品で、整腸作用があり、便秘の予防、痔の治療、喉の痛み、声がれなどに効果があります、また、美肌効果、二日酔いにも役立ちます。イチジクはそのまま生で食べるのが一般的ですが、生ハムに冷やしたいちじくを添えれば立派な前菜(アンティパスト)になります。また、ジャムやドライフルーツ、コンポートやケーキ、ワインなどにも加工されています。
(参考)イチジクを利用したレシビ
 こちら

栗の薬効
秋を代表する味覚として人気が高い栗は、栄養成分が多く、体に良いことはよく知られていますが、皮や葉にも隠れた力があります。昔から民間療法として渋皮や栗の葉を「煎じた液」が漆かぶれなどに用いられてきました。また白髪染めかぶれ、おむつかぶれにも良く、靴ずれなどにも効化があります。栗から採ったタンニンはなめし皮や染料にも使われるそうです。
栗は縄文時代くらいから食用とされ、古事記にも栗に関する応神天皇の歌があり昔から人気があったようです。古い歴史をもつ栗は今ではいろいろな形や味にアレンジされて、この季節になると恋しくなる人も多いのではないでしょうか?栗きんとん、栗ご飯、焼き栗、モンブランやマロングラッセなど。中津川の『すや』の栗きんとん、『アンジェリナー』(フランスの有名店、東京にも支店)のモンブランなど毎年味わってみたいですね。みなさんはこの秋、どんな栗のデザート、料理をご準備なさるのでしょうか?

生そばと二八そば
そば屋の暖簾などに「生そぼ」という文字を見かけることがあります。これは「きそば」と読みますが、どうゆう意味かご存知ですか?
これは本来、つなきを使わないそば粉だけで打ったそばのことを指していました。江戸初期のそばは、そば粉100%でしたが、江戸時代中頃から、舌触りのいいそばを作るため、小麦粉などを混ぜるようになりました。今も残っている「二八そば」という呼び名は、小麦粉とそば粉の比率が2対8を表しています。しかし、小麦粉の量が徐々に増えていき、「二八そば」が粗悪なそばの代名詞になったために、高級店などが違いをアピールするために「生そば」を看板に掲げるようになったようです。ところが、幕末頃になると、「二八そば」までもが「生そば」と名乗るようになったため、その区別が なくなったようです。
現在では、「生そば」と暖簾に書かれているのは、そのなごりであってそば粉100%の意味ではありません。

葵の御紋ときゅうり
きゅうりの原産地はインドのヒマラヤ山脈で、3000年以上も前から栽培されてきました。日本には6世紀後半に中国から入ってきましたが、長い間、「下品の瓜」などと評価され人気はなかったようです。そのうえ、江戸時代の武士たちは、切り口が葵の御紋に似ていることから、恐れ多いと言って食べなかったようです。しかし、現在では、サラダに欠かせない野菜のひとつとして人気があります。
きゅうりは90%以上は水分で、栄養的には、わずかにビタミンCやB1、カリウムを含む程度です。水分が多いこととカリウムを含んでいるため、体内の余分な塩分や水分の排泄を促してくれます。利尿効果が大きく、体のむくみやだるさをとる「水気をおとす」野菜として知られています。また、体を涼しくして食欲増進の作用があるので、暑くて夏バテぎみの時には最適です。

栄養価の高いパプリカ
最近、赤や黄色など色鮮やかなパプリカ(大型のピーマン)がス-パーの棚にならぶようにようになりました。パプリカの色は、赤・黄・オレンジの3色がよく知られていますが、その他にも緑、紫、白、茶、黒の合計8色の色があります。サラダや炒め物に入れるだけで彩りがよくなり、ピーマンに比べ肉厚で甘味があり、栄養価も高いので注目されています。
紫外線の強い夏場の美肌対策のためにもたくさん摂りたいビタミンCが豊富です。特にオレンジ色のものはピーマンの3倍近くあります。オレンジ色のものは1/6、赤では1/3個で1日のビタミンCの所要量を補うことができます。また、通常、ビタミンCは、加熱すると壊れてしまいますが、パプリカの果肉が厚いため、炒め物にしてもビタミンCの損失が少ないようです。
(参考)パプリカを使用した料理 こちら


エスカルゴは害虫
あじさいまつりが各地で行われ、かたつむりなどもみかけるようになりましたね。かたつむりは世界で約1万種、日本でも500種類ほどのかたつむりがいます。その中で食用になるかたつむりはブルゴーニュ種とプチグリ種の2種類だけで、「エスカルゴ」と呼ばれています。みなさんも良くご存知の「フランス料理」に欠かせない食材です。エスカルゴの王様はブルゴーニュ種の ”ヘリックス・ポマティア” というかたつむりです。現在では農薬の使用により、絶滅の危機に瀕し、保護動物に指定されています。採取できるのは7月から10月の期間だけです。
日本では本物のエスカルゴが手に入りにくく、私たちがエスカルゴと思って食べているのはアフリカマイマイの稚貝が大半です。また、日本では長い間、かたつむりは害虫として飼育が禁止されていましたが、平成5年、ブルゴーニュ種が「害虫」でないことが証明され飼育が可能となり、「本物のエスカルゴ」が日本でも食べられるようになったようです。

『大地のりんご』と呼ばれているもの
新じゃがいもがスーパーなどに並ぶようになりました。じゃがいもの原産地は南アメリカのアンデス高原です。16世紀、インカ帝国を滅亡させたスペイン人は、じゃがいもをヨーロッパに持ち帰りました。初めは食料としてではなく、鑑賞用の花としてフランスの宮殿で栽培されていたことは有名な話です。日本には、16世紀にオランダ人によって長崎に持ち込まれたのが最初です。インドネシアのジャガタラ(ジャカルタ)港から入ってきたのでジャガイモという名がついたようです。
栄養的には炭水化物だけの食べ物と思われがちですが、ビタミンCやカリウムも意外に多く含んでいます。じゃがいものビタミンCは、りんごよりも多いのでフランスでは「大地のりんご」と呼ばれ、熱に非常に強く、煮たり焼いたりしても破壊されません。また、カリウムはご飯の約10倍もあり、余分な体内の塩分を体外に出す働きがあるため高血圧の人にお薦めです。カロリーは同じ量のご飯の1/2程度ですのでダイエットに最適です。
じゃがいも料理 『ビシソワーズ』 こちら

”たけのこ” と薩摩藩
桜と入れ替わるように、たけのこの最盛期を迎えています。一般的に出回っているのは、「孟宗竹」という種類のものです。中国原産のこの竹は、天文元年(1736)年、第21代薩摩藩主島津吉貴が、琉球から苗を鹿児島の磯別邸(現在、磯庭園)に移植させたのが始まりです。その後、北海道と東北地方の一部を除き日本全国に広がたそうです。
低エネルギーで野菜の中では比較的ミネラルが豊富なので、カロリーを気ににする方や高血圧予防に最適です。また、植物繊維が豊富なので便秘に効果があります。
たけのこは収穫してから時間が経つほどえぐみが増え、味が落ちてしまうので購入したら、すぐに食べなくても茹でておくことが大切です。よく「朝掘りたけのこ」と言われるのは、朝掘ってその日のうちに食べるのがよいところからです。
たけのこ料理の紹介 
こちら

小倉百人一首に詠まれている藻塩
平成9年3月に専売制が廃止され、自由に塩の製造販売ができるようになり、スーパーなどで様々な塩が売られるようになりました。その中に藻塩という見た目は薄い茶色で、ヨード分やミネラルを多く含んでいて話題になっている塩があります。藻塩は、万葉集や平安時代の和歌、小倉百人一首の藤原定家の歌にも詠まれいる古代の製法による塩です。
    『来ぬ人を 松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ』
藻塩は塩田による製塩が行われる前から国内各地で行われていましたが、長い間、製造方法は謎になっていました。1984年、蒲刈町(広島県)の県民の浜造成工事で古墳時代の製塩土器が発見されたことがきっかけになり、10年の歳月をかけて”藻塩の会”は、製塩法を研究完成させました。海水をかけた海藻(ホンダワラ)を乾かして燃やし、灰を海水に入れ上澄みを土器で煮詰めてつくるそうです。てんぷら、肉料理、おにぎりにお薦めです。
(参考)海人の藻塩のHP こちら

「ぶり」と「はまち」は同じ魚です
ブリの美味しい季節になりましたね。照り焼き、ブリ大根、お刺身などがいいですね。冬のブリは寒ブリといって、身が締まり脂ののりも味も最高。春の産卵に備えてまるまると肥えてとても美味しくなります。中でも富山湾産のものは「越中ブリ」と呼ばれ、一番といわれ珍重されています。北陸や西日本では昔から縁起物とされ、正月やお祝いの席の必需品で、「ぶり」を欠かすと、家の格が問われるほど大事な魚だそうです。ブリは成長とともに味、大きさ、名前も変わっていくため出世魚と呼ばれています。呼び名は地域によって異なった名前があり、実際には100近い地方名があるようです。ここでは代表的な呼び名を紹介します。関東では、わかし→いなだ→わらさ→ぶり。関西では、つばす→はまち→みじろ→ぶり。と名前が代わります。本来「はまち」は、関西の「ぶり」の青年期の呼び名でしたが、現在では全国的に養殖ブリのことを指し、天然ものと区別しています。私はいままで、「はまち」と「ぶり」は別の魚だと思っていましたが違っていたようです。
”ブリ大根”を作ってみました。 こちら

トリフは日本でも採れます
世界三大珍味といえば、フォアグラ、キャビア、トリフです。トリフはヨーロッパの特産品だとばかり思っていましたが、日本でも採れるようです。国内では京都府をはじめ青森、鳥取、岩手、などで見つかっています。先月の新聞によると山口県美東町(秋吉台)の商工会の探索会でも掘り出されています。
トリフは石灰岩地帯で樫や楢などの根っこに自生する食用キノコです。日本では西洋ショウロと呼ばれ、石ころのような形をしています。南フランスのペリゴール地方の黒トリフ、イタリアのピエモンテ州のアルバ産の白トリフが有名で、秋から冬にかけて収穫されます。人口栽培は不可能であるため、1kg 30万円もするようです。中でも、黒トリフは「黒いダイヤモンド」と呼ばれる高級キノコです。日本の松茸とは違い、トリフは土中に生えるため見つけにくく、ブタや犬の嗅覚で探しているようです。この場合豚は雌ブタに限るそうです。
トリフを生のままスライスしてサラダやスパゲティ、オードブルにのせたり、ソースの香りづけに使われます。また、オムレツ、フォアグラ料理などにも用いられます。

(参考)GFCのHP こちら

人工イクラ
クラは新鮮な卵を塩漬けにしたもので、その独特の風味と口の中でプチンとはじける触感を好む人がおおいようです。人工イクラが多く出回っていることをご存知でしょうか?人工イクラを作り出したのは、食品会社ではなく、日本カーバイト工業です。接着剤を入れるカプセルを作る研究をしていて、偶然イクラに似たものができたことがきっかけだったとか。皮膜と内容物は海草からの抽出物で、目玉はサラダ油です。目玉の色はニンジンエキスで着色しているとは驚きです。着色したサラダ油を乳酸カルシウム溶液の中に落とすとイクラそっくりの形に仕上がります。味も形もホンモノそっくりに作られ、まさしく芸術品ですね。
食通の方でも見分けができないほど似ています。本物のイクラは、お湯に浸すとイクラの表面が白っぽく固まってきますが、人工イクラはそうならないので簡単に見分けられます。
本物より、コレステロールが低く、値段が安いので本物よりヘルシーです。人工イクラの商品名は「つぶつぶ」です。みなさんがいつも口にしてみえるのはどちらですか


土用の丑の日にどうして鰻をたべるの?

暑い日が続きますが、夏バテ解消には鰻を食べるとよいそうです。鰻についての歴史は古く、万葉集にも登場しているほどで、栄養価の高い食品として知られています。
用の丑の日に鰻を食べる習慣は江戸時代からです。由来には諸説あります。
エレキテルで有名な平賀源内が、商売不振のうなぎ屋から相談をうけて、「本日土用丑の日」と書いて店先に貼り出したところ、これが大繁盛して、その後、土用の丑の日に鰻を食べるようになったようです。
また、
土用に大量の蒲焼の注文を受けたうなぎ屋(春木屋)が、子の日、丑の日、寅の日の3日に分けて作って、土瓶に入れて保存しておいたところ、丑の日に作った鰻だけが悪くなっていなかったからという説もあります。この説は「江戸買物案内」という書物の中で紹介されています。

みなさんはどちらの説を選ばれますか?


美食家ルイ14世の料理の隠し味
海外では日本食がブームになています。日本食といえばかかせないのが醤油です。この日本の醤油が西洋の歴史に登場するのは、17C、日本の江戸時代前期のことです。コンプラ商人によって海を渡っり、ヨーロッパの食通達の舌をうならせました。ルイ14世の食事の隠し味として使用された話は有名です。1765年に出版された「百科全書」にも紹介されています。
醤油はコンプラ瓶(日本名:金富良瓶)に詰められて輸出されていました。コンプラの語源は、ポルトガル語のコンプラドール(仲買人)という意味からきています。オランダ人に日用品を売る特権を与えられた商人をコンプラ商人と呼んでいたようです。コンプラ瓶は波佐見焼で、瓶の肩に『JAPNSCHZOYA』とかかれていました。文豪トルストイは、書斎の一輪さしとして愛用していたようです。
キッコーマンのHP 
こちら

鮎も川を上ります
鮎が解禁となり鮎の美味しい季節になりましたね。鮭は産卵のために川を上ることで知られていますが、鮎は餌をもとめて川を上ります。鮎の一生は1年と短く、海と川を往復しています。
川の中流域で産まれた稚魚は川の流れにのって海へ入り、プランクトンを餌にしてそのまま海で冬を過ごします。春には川を上り始め、川の石につく珪藻などを食べるようになり、上流で成魚となります。やがて秋になると鮎は産卵のために川を下りはじめ、川のながれのゆるやかなところで卵を産み短い一生を終えます。
禁魚期間がもうけられているのは、産卵期に釣りをしますと鮎がいなくなってしまうからです。


料理店の”盛り塩”の意味

料理店の店先に”盛り塩”が盛られているのをよく見かけます。これは、中国の故事に由来するもので、お客さんがたくさんきてくれるようにという「おまじない」です。
昔の中国の皇帝は3000人ほどの側室を囲って、それぞれに大きな屋敷を与えていました。皇帝は夜ごと、牛車に乗ってそれらの側室の屋敷を訪ねていました。皇帝が順番に廻ったとしても、自分の番がくるにはかなりの日数がかかります。そこで、ある側室が一計を案じ、自宅の門前に塩を盛るようになりました。牛は塩が大好物なので盛り塩がある門前で、ピタリととまり動かなかったようです。皇帝は仕方なく、そのお宅に立ち寄ったようです。この故事から、来てほしい人を招き寄せるおまじないとして玄関に塩を盛るようになったわけです。


銀杏の殻を簡単にとる裏ワザ
テレビ番組の「伊東家の食卓」は好きな番組の1つです。最後に裏ワザを科学的に分析しているのでとても興味深くみています。私にも裏ワザがありますのでご紹介します。「銀杏の殻を簡単にとる裏ワザ」。一般的に銀杏に傷をつけてフライパンを使って殻をとってみえるのではないでしょうか?
私のやり方は数分でできてしまいます。
茶封筒に銀杏を入れ、口を折り曲げて電子レンジに入れます。中でパン、パン、パン、パンと4回ほど爆ぜたらレンジを止めます。」これで出来上がりです。 白い封筒に入れますと燃えるときがありますので茶封筒がお薦めです。理由を知りたいのですが・・・・

ブームになっている ”柚子こしょう”
雑誌に、「美食家の間で密かなブームになっている ”柚子こしょう” ・・・・」 という記事がありました。
柚子胡椒は、九州・山陰地方特産の香味香辛料のことで、唐辛子と青柚子をすりつぶして練り合わせたものです。こしょうの名がついていても「ペッパー」のブレンドスパイスではなく、実際は唐辛子ことです。これは九州地方の一部の地域では古くから唐辛子のことを「こしょう」と呼んでいたためです。
柚子こしょうを水炊き、うどん、おでん、お漬物、牛肉のたたき、馬刺し、おさしみ、ソーメンのつゆなどの薬味として幅広く使えるようです。私はおさしみのワサビの代わりにしたのですが病みつきになりそうです。この美食家という言葉につられて購入したのですが、これでわたしも美食家の仲間入り?新潟では ”かんずり” と呼んでいるそうです。 


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