調味料



片栗粉の片栗は植物の名前です
◇薄口醤油は濃口醤油より塩分が高い ◇食前酒として振舞われていたバルサミコ酢
◇小倉百人一首に詠まれている藻塩 ◇醤油のルーツ
◇美食家ルイ14世の料理の隠し味 ◇料理店の”盛り塩”の意味
◇四人の泥棒の酢 ◇ブームになっている”柚子こしょう”




片栗粉の片栗は植物の名前です
片栗粉とはユリ科・多年草カタクリ(片栗)の球根からとれる澱粉のことですが、今ではほとんど生産されていません。現在、市販されている片栗粉のほとんどがジャガイモの澱粉からつくられたものです。カタクリから取った本来の片栗粉は生産量が少なく、高値で取引されています。
カタクリは3月〜4月に下を向いた紫色の花を咲かせます。花が籠を傾けたように咲くことから、昔は堅香子(かたかご)の花と呼ばれていました。それが次第に変化し、カタクリと呼ばれるようになったと言われています。カタクリは種が落ちてから開花までに7〜8年もかかります。日本各地に自生していますが、最近の乱獲・土地開発のため自生地が激減し絶滅寸前だそうです。また、明治以降、北海道でジャガイモの栽培が始まり安く大量に出回るようになると、澱粉の性質が似ているジャガイモの澱粉のことを片栗粉と呼ぶようになり現在にいたっています。
(参考)群馬大学 青木繁伸さんのHP こちら


薄口醤油は濃口醤油より塩分が高い
京料理は繊細な味でとても綺麗な料理です。この料理に使用されているのは「薄口醤油」と呼ばれている醤油です。「薄口醤油」は見た目のためか、一般に使用されている醤油(濃口醤油)よりも塩分が少なく健康によいと勘違いして見える方が多いようです。薄口醤油はあくまでも京料理などのように、素材の持ち味・色合いを生かすための醤油で、塩分の薄い醤油ではありません。
醤油の色は発酵が進めば進むほど色が濃くなります。「薄口醤油」は発酵をおさえて色と香りを抑えたものですが、食塩で熟成をおさえているので、塩分は濃口醤油より1割ほど高くなっています。ちなみに薄口醤油18%、濃口醤油は15%ほどです。(メーカーにより差はあります)
実際、料理で使用する場合、色が薄いためついつい多めに塩を入れてしまいがちですが、
健康のために気をつけたいものですね。

食前酒として振舞われていたバルサミコ酢
スーパーなどでバルサミコ酢をよく見かけるようになりました。バルサミコ酢は世界中の酢の中で、最も気品のある酢といわれ、”公爵の酢”と呼ばれています。歴史は古く、11世紀頃から作り始められたようです。この酢の起源は北イタリアのエミリア・ロマーニャ州のモデナを支配していたエステ家にあります。エステでは諸外国の国王や貴族たちを城に招いたときに、バルサミコ酢を食前酒として振舞ったり、料理の調味料、おみやげ物として使っていました。
バルサミコ酢は、そのまま料理にかけたり、煮詰めて使用されます。オリーブオイルにバルサミコ酢を数滴たらしてサラダドレッシングにすると風味が増します。また、デザートソースとして、アイスクリーム、いちごにそのままかけても美味しいですよ。肉・魚料理のソースとして煮詰めて使うこともできます。バルサミコ酢はいろいろな用途に使うことができ、家に1本あるととても便利です


醤油のルーツルーツ
醤油のルーツは、中国古代の醤「ひしお」といわれています。その頃の食物の保存といえば、塩づけすることでした。その際、発酵がすすみ、濃厚なうま味成分がしみだしてきます。これが醤「ひしお」です。
「ひしお」には、「穀醤」、「魚醤」、「肉醤」、「草醤」の4種類あります。醤油は「穀醤」、石川のいしる・秋田のしょっつるは、「魚醤」の流れをくむものです。タイ、ベトナム料理のトムヤンクン、生春巻きにかかせない「ナンプラ」「ニョクマム」と呼ばれているものも、魚醤と呼ばれるものです。
醤油は鎌倉時代(1254年)、僧「覚心」が中国から径山寺味噌の製法を持ち帰り、紀州の湯浅で村人に教えているうちに、上澄みを捨ててしまうのはもったいないということで煮付けに使ったのが最初です。これが日本で最も古い溜まり醤油です。径山寺味噌のおいしい汁が周辺の村々に伝わり、江戸時代に入ると銚子.、野田の名産地にも伝わりました。

小倉百人一首に詠まれている藻塩
平成9年3月に専売制が廃止され、自由に塩の製造販売ができるようになり、スーパーなどで様々な塩が売られるようになりました。その中に藻塩という見た目は薄い茶色で、ヨード分やミネラルを多く含んでいて話題になっている塩があります。藻塩は、万葉集や平安時代の和歌、小倉百人一首の藤原定家の歌にも詠まれいる古代の製法による塩です。
    『来ぬ人を 松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ』
藻塩は塩田による製塩が行われる前から国内各地で行われていましたが、長い間、製造方法は謎になっていました。1984年、蒲刈町(広島県)の県民の浜造成工事で古墳時代の製塩土器が発見されたことがきっかけになり、10年の歳月をかけて”藻塩の会”は、製塩法を研究完成させました。海水をかけた海藻(ホンダワラ)を乾かして燃やし、灰を海水に入れ上澄みを土器で煮詰めてつくるそうです。てんぷら、肉料理、おにぎりにお薦めです。
(参考)海人の藻塩のHP こちら

美食家ルイ14世の料理の隠し味
海外では日本食がブームになています。日本食といえばかかせないのが醤油です。この日本の醤油が西洋の歴史に登場するのは、17C、日本の江戸時代前期のことです。コンプラ商人によって海を渡っり、ヨーロッパの食通達の舌をうならせました。ルイ14世の食事の隠し味として使用された話は有名です。1765年に出版された「百科全書」にも紹介されています。
醤油はコンプラ瓶(日本名:金富良瓶)に詰められて輸出されていました。コンプラの語源は、ポルトガル語のコンプラドール(仲買人)という意味からきています。オランダ人に日用品を売る特権を与えられた商人をコンプラ商人と呼んでいたようです。コンプラ瓶は波佐見焼で、瓶の肩に『JAPNSCHZOYA』とかかれていました。文豪トルストイは、書斎の一輪さしとして愛用していたようです。
キッコーマンのHP こちら


料理店の”盛り塩”の意味

料理店の店先に”盛り塩”が盛られているのをよく見かけます。これは、中国の故事に由来するもので、お客さんがたくさんきてくれるようにという「おまじない」です。
昔の中国の皇帝は3000人ほどの側室を囲って、それぞれに大きな屋敷を与えていました。皇帝は夜ごと、牛車に乗ってそれらの側室の屋敷を訪ねていました。皇帝が順番に廻ったとしても、自分の番がくるにはかなりの日数がかかります。そこで、ある側室が一計を案じ、自宅の門前に塩を盛るようになりました。牛は塩が大好物なので盛り塩がある門前で、ピタリととまり動かなかったようです。皇帝は仕方なく、そのお宅に立ち寄ったようです。この故事から、来てほしい人を招き寄せるおまじないとして玄関に塩を盛るようになったわけです。


四人の泥棒の酢
連休にハーブの苗を7種類ほど植えました。ハーブにはお薬の働きがあります。
1630年、南フランスのトゥールーズという町で伝染病のペストが大流行したとき、ペストで死んでいった家に専門に入る四人組みの泥棒がいました。
泥棒たちは逮捕されましたが、役人たちには、「どうしてペストに感染しなかったのか?」という疑問が残りました。問いただしたところ「秘密の薬を塗ってペストが感染するのを防いだ」と白状。その薬は殺菌性のあるローズマリー、セージ、タイム、ラベンダーなどのハーブを酢に浸して作ったものだそうです。そのレシピは、トゥールーズの古文書に残っているそうです。
その後それを知ったフランス人は、この薬を「四人の泥棒の酢」と名前をつけて売り出し、大人気となったようです。この泥棒たちは、逆に特効薬を盗まれる羽目になってしまったようですね。

ブームになっている ”柚子こしょう”
雑誌に、「美食家の間で密かなブームになっている ”柚子こしょう” ・・・・」 という記事がありました。柚子胡椒は、九州・山陰地方特産の香味香辛料のことで、唐辛子と青柚子をすりつぶして練り合わせたものです。こしょうの名がついていても「ペッパー」のブレンドスパイスではなく、実際は唐辛子ことです。これは九州地方の一部の地域では古くから唐辛子のことを「こしょう」と呼んでいたためです。柚子こしょうを水炊き、うどん、おでん、お漬物、牛肉のたたき、馬刺し、おさしみ、ソーメンのつゆなどの薬味として幅広く使えるようです。私はおさしみのワサビの代わりにしたのですが病みつきになりそうです。
この美食家という言葉につられて購入したのですが、これでわたしも美食家の仲間入り?
新潟では ”かんずり” と呼んでいるそうです。 


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